バルセロナが失敗した「6つの超・大型補強」

このところはレアル・マドリーよりも大きな額を移籍マーケットに費やしてきた印象が強いバルセロナ。

かつては下部組織からいい選手が育ってくるクラブであったが、このところは外から大物選手が獲得されることが多くなってきた。

そのバルセロナの歴史で「失敗してしまった大型補強」とは?『Sportskeeda』のセレクションを見ていこう。

パウリーニョ

移籍金:4000万ユーロ(およそ50.3億円)

2017年にバルセロナへとやってきたブラジル代表MFパウリーニョは、かなりの驚きを持って迎えられた。なぜかと言えば、中国超級リーグの広州恒大から加入したことと、彼のプレーがバルセロナにフィットするかどうかが疑問視されたからだ。

彼はそのような批判を超えたパフォーマンスで衝撃を与え、中盤をコントロールするだけでなく34試合で9ゴールを決めた。まさにイニエスタの穴を埋められる存在に…なるかと思ったのだが。

彼は結局イニエスタと同じ2018年夏に中国の広州恒大へとローンで復帰。さらにそのまま買い取られていった。

パウリーニョ自身のパフォーマンスは良かったし、バルセロナは経済的にも損はしていない。しかしチームの構成を考えれば彼の去就がクラブに混乱をもたらすことになった。

アンドレ・ゴメス

移籍金:3500万ユーロ(およそ44億円)

ポルトガルがEURO2016で優勝を果たしたあと、バルセロナはバレンシアでプレーしていた欧州王者の一員アンドレ・ゴメスを大きな額で引き抜いた。

これはあのチャビ・エルナンデスが退団してから1年後のことで、もちろん彼には中盤の穴を埋めるだけのプレーが期待されていたのだが、それに合致する選手ではなかった。

アンドレ・ゴメスはバルセロナでひどく苦労することになり、ファンから批判のターゲットになってしまう。『Marca』の投票でも「最悪の補強」トップとなり、精神的に追い詰められていく。

2018年にエヴァートンへと貸し出されたこと、そして今季買取オプションが行使されたのは彼にとって幸運だったといえよう。

マウコン

移籍金:4100万ユーロ(およそ51.6億円)

マウコンがバルセロナにやってきた経緯は複雑だ。ボルドーで大活躍を見せた彼の獲得に近づいたのはローマであり、公式に合意が発表されていた。しかしその直後にバルセロナがより大きなオファーを送り、マウコンは無断でスペインへと渡って契約をまとめたのだ。

ほとんどのトップクラブが彼の獲得を考えていたというほど期待されたものの、バルセロナの攻撃陣は複数のワールドクラスで占められており、マウコンはそこに割って入ることはできなかった。

バルセロナでプレーしたいくつかの試合でインパクトを残したことは間違いないものの、クラブの重要な選手ではなかった。1年でゼニトに売却されたのも驚きではない。

マルク・オーフェルマルス

移籍金:2800万ユーロ(およそ35.2億円)

ルイス・フィーゴをレアル・マドリーへと放出し、当時の世界記録となった移籍金を獲得したバルセロナ。その大部分を費やし、アーセナルからエマニュエル・プティとマルク・オーフェルマルスを獲得した。

アーセン・ヴェンゲル監督の下で大きなスターとなったオーフェルマルスは、アーセナルで圧倒的なキレを持つウイングとして重要な役割を果たしていた選手だった。

しかしこの元アヤックスのFWは、バルセロナで97試合に出場して19ゴール。かなりの時間を怪我のリハビリに費やすことになり、2004年には現役を引退するためにクラブを去らなければならなくなった。

ただ、現在はアヤックスのディレクターとして若手育成に尽力し、フレンキー・デ・ヨングとの契約に大きな役割を果たしている。

ズラタン・イブラヒモヴィッチ

移籍金:6600万ユーロ(およそ83.1億円)

このスウェーデンの王様はサッカー選手としてのキャリアにおいて常にトップレベルのプレーを見せつけてきた人物であり、その中に「失敗」という文字はほとんどないだろう。

しかしその数少ないものの一つがバルセロナでのプレーだ。2010年にサミュエル・エトーの譲渡で2000万ユーロ(およそ23.5億円)分の支払い+現金4600万ユーロ(およそ52.8億円)という条件でインテルから購入したあとだ。

特にエトーがバルセロナで非常に活躍した選手だったこともあり、その影を忘れさせるようなプレーを期待されたものの、イブラヒモヴィッチはあまり輝くことができず。

また自信家である彼はグアルディオラ監督との関係がうまく行かず、わずか1シーズンでミランへと去ることになった。

フィリペ・コウチーニョ

移籍金:1億4000万ユーロ(およそ176.2億円)

この18ヶ月間はフィリペ・コウチーニョにとって激動のものだった。彼はリヴァプールで崇拝される存在であったが、バルセロナでは望まれない子供のように捨てられてしまったように見える。

事実本当に素晴らしかったころのコウチーニョと比べればその落ち込みは巨大であった。バルセロナへの移籍が落とし穴になってしまう例は彼だけが経験したものではない。

リヴァプールに背を向けたのは間違った選択だったと簡単に言うことができる。クロップ監督のチームはチャンピオンズリーグを優勝できるポテンシャルを持っていたわけだからだ。

ただ、この夏の期間中にコウチーニョはヨーロッパの多くのビッグクラブと交渉を行い、バイエルンという新たな舞台を見つけることができた。おそらく復活の日は近いだろうが、その時はバルセロナに牙を剥いてくるはずだ。

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