「自分を疑え」 朝井リョウ

 「理由を考えなくてもいい物語を書きたかった」。

 放送25周年を迎えた人気ドラマ「世にも奇妙な物語」(フジテレビ系)のファンと公言する朝井リョウ(26)は最新作「世にも奇妙な君物語」(講談社)の中で、五つの短編を編み上げた。

 「『じゃんけんで負けたら死ぬ話しです。はい、スタート』と始めることができる自由さが、『世にも奇妙な物語』のいいところ。起こした行動と対等の理由が必ずあるべきというのは息苦しい。人生ってそういうものじゃないから。『世にも〜』は突拍子がないことが起きても受け入れられる。そこに憧れた」 日本の小説は、共感できる作品の方が評価が高いと感じている。その方が楽と思った時期もある。

 例えば、取材者からの質問いに応え、「あぁ、幼いときの経験が影響しているんですね」「気持ち分かります」と言われると居心地の悪さを覚えた。「安心できない、共感できないものに触れた方が自分の輪郭が変わるのに…。『共感します!』って、なんでそんなに自分が感じたことを正しいと思えるのか」と不思議だった。

 SNSにはびこる共感文化。長く会っていなくても流れてくる投稿を見ていると、「知った」気になる。その薄気味悪さは直木賞を受賞した「何者」(新潮社)に〈ほんとうにたいせつなことは、ツイッターにもフェイスブックにもメールにも、どこにも書かない。ほんとうに訴えたいことは、そんなところで発信して返信をもらって、それで満足するようなことではない〉と刻んだ。

 史上最年少、平成生まれ、サラリーマン作家、と新聞などで脚光を浴びた直木賞受賞。発表後、同期に昼食に誘われたとき、「祝われるのかな」と思ったが、話題に上がらずしびれを切らしたとき、「朝、どうやって起きてる?」と質問された。直木賞受賞のニュースを知らなかった同僚。騒がれている、とおごっていた自分を恥じた。「目覚まし二つつけていると答えながら、現実を生きよう」と心に誓った。◇ 早稲田大学在学中の2009年に「桐島、部活やめるってよ」(集英社)でデビュー。「桐島〜」に描かれた若者言葉に嫌悪感を示す文壇もいた。「古い業界の中で、受け入れてもらうのは、向こうの体力がそがれるのだろうと感じた。新しいものを受け入れるのは体力がいることだから」 そう話す平成元年生まれが最近手に入れた新しいツールは、録画機能を持ったDVDデッキ。「iPhoneもまだ4のままです」と苦笑い。

 録画機を持たなかったのは、「不便さが嫌いじゃなかった」から。「人と違うことは個性。食事などに行って『見たい番組があるから帰ります』と言うと、『あいつテレビがあるからって帰ったよ』と記憶してもらえる。でも手に入れたから私は個性をひとつ、失ってしまったなと思う。便利って個性を失うことと同義だから」 外出先で中身を確認できる冷蔵庫の存在を知ったとき、「そんなに便利にならなくてもいい」と思った。一方で、開発者が「人類にとって必要かどうか判断するには作って、使ってみなければ分からない」と話すのを聞き、「負けた」と感じた。

 今秋、LINEを始めた。数人で共有する事項が増え、やっていない自分が迷惑な存在になっていたから。「始めてみて、『いつもお世話になっております』とかがないのは楽。『今日何時からだから』と必要事項だけが流れてくる。無駄がない。でも便利の中にいると失われるものがたくさんある。いまちょうどそういう物語を書いているんです」◇ 「本が好きだけど、好きなくせに、本好きな人たちの精神を攻撃したい」 アイドルとは何かをつづった「武道館」(文藝春秋)は、ライブの写真を前面に出し、派手に引きつけた。「あなたたちが共感できる話だよ! と誘いながら、中身では背を向けた」。甘いかなと思って食べたら、すごい針が入っていたように。

 最新作の一編、「リア充裁判」もそうだ。「リア充の人って、本に出てくるリア充の人を嫌うと思うんです。でも私は、本に出てくる友だちが少ない人が、多い人をバカにする意味が分からなくて。人と触れ合っている人の方が、起こる問題も多いと思うんです。ただそれをあなたたちのように見せていないだけだからって。それを書きたかった」◇ 仲間を誘いバレーボールをする時間が1番楽しいと笑う。「12人いないとできないから、なかなかできなくて、それが最近の1番の挫折。体育館が予約できないとか…。1人でもやりたいときは、団体に混ぜてもらったりすることもあって。新しい輪の中でできた広がりもある。そこで、年配の人に『若いときの苦労は買ってでもしろ』と言われるときもあるけど、そんなことを言う作家にはなりたくない。苦労なんてしていなくても、いいものを書ける人もいるし、痛みを知っていても、人の心が分からない人もいる」 会社員時代は、寝る間を削り、朝5時に起床。出勤前にファミレスで執筆をしていた。今年、二足のわらじ生活を卒業した。

  「いまはよく寝て、よく食べた方がいいものが書けると思う。肩書を失ったいまは書くことよりも、トークイベントが多くて、そのお金で今月の家賃を払ったなと感じるときは、『詐欺師だった』と振り返ります」 今も昔も「怒りが原動力」。「幸せなニュースを探すよりも、怒っている人がいるものの方が、書いていて楽しい。でも書いたもので人の背中を押したいとかは思わない。そんなことを思うのは、おこがましくて。命を救いたいなら医者になれよ、と思っちゃうタイプだから。名刺がなくなったいまは、小説が名刺?だなんてうざいですね。これからも日常を書いていきます」◇あさい・りょう。1989年5月31日、岐阜県垂井(たるい)町生まれ。2009年に「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を獲得しデビュー。2013年に発表した「何者」で戦後最年少で第148回直木賞を受賞。来秋には映画公開も決まっている。ラジオパーソナリティーを務めるなど活動は精力的で、2016年開催の「第83回NHK全国学校音楽コンクール」では、高校の部の課題曲を作詞する。

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