及川眠子(作詞家)- 『HEDWIG AND THE ANGRY INCH /ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』最後に"希望"が残る普遍的な名作

私は訳詞家ではなく作詞家なんです

──『HEDWIG AND THE ANGRY INCH/ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ(以下、ヘドウィグ)』の歌詞を担当されることになる経緯を伺えますか。
及川:プロデューサーが私の書いた『破婚: 18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』という本を読んでくださって、「この人は人を愛することの悲しみや苦しみを書ける人だ」と判断してくださったらしくお話を頂きました。私がミュージカルの作詞をやったことがあるかどうかもご存じではなかったそうで、『プリシラ』をやっていたことを聞いて驚かれたくらいで。
──愛の形を描ける方ということでの抜擢だったんですね。
及川:そうですね。
──お話をいただく前から『ヘドウィグ』はご覧になっていたのですか。
及川:いえ、観ていませんでした。作品に入るということで映画を見ました。最初に観たときは理解ができなかったのですが、何度も観ていくことで少しずつ染みていった感じですね。
──そうだったんですね。原作がある作品ですと、元の歌詞の意味を反映しつつの作詞になると思いますが。
及川:訳詞ではありますが自由に作詞をしても大丈夫という許諾は得ていました。私は訳詞家ではなく作詞家なんです。その点は今回の仕事でもこだわった点です。(福山)桜子さんの脚本や原詞にそったものなど見くらべて、ディスカッションをして作詞をしていきました。
──より良い詞を探っていくということですね。ミュージカルでは演出とともに音楽演出も重要になりますが、バンドのみなさんともディスカッションはされたのですか。
及川:もちろんです。特に音楽監督の大塚(茜)さんとは時間をとって進めていきました。歌唱指導の冠(徹弥)さんにも実際に歌った際の意見をいただいて詰めていきました。

──皆さんとディスカッションされていった中で気付かされたことありましたか。
及川:視点の違いや作品に対しての桜子さんとの感覚の違いですね。舞台は演出家のものなので、私が可愛く表現したい部分なのかと思っていた部分が、実はビッチにしたいという風に希望をいただくといった形で、桜子さんが目指している形を反映していきました。
──ほかに気をつけられた点はありますか。
及川:原作を尊重するとともにメロディーを壊さないということは意識しています。私はポップスの作詞家なのでメロディーを壊すことはしたくないんです。『ヘドウィグ』はメロディーが素晴らしいので壊したくなかったので、説明しようとしてメロディーが壊れしまうなといった事があった場合、桜子さんにセリフで工夫してもらったりしてディスカッションをしながら進めさせていただきました。大変でしたが、この仕事は最後まで自分の責任をもってやらせていただけたのですごく楽しかったです。
──素晴らしいですね。
及川:少数のチームだからできたことでもあると思います。作詞の際には気付かなかったのですが、本読みの時に通して見させていただいたときにヘドウィグって私と同じだと初めて気付いたんです。
──作られているときにはそんな意識はなく。
及川:何度も台本も読んでいるし、映画も見ているんですけども、作詞をしている時は原作を尊重するということを意識していたので気付いていなくて。詞をお渡しして人のものになり、改めて俯瞰で自分の書いたものを見て聞いて気付きました。
──プロデューサーが見抜いていらっしゃったということなんですね。
及川:そこで初めて「及川さんの『ヘドウィグ』を書いてください」と言われた意味がわかりました。

──及川さんだからこそ描ける『ヘドウィグ』は楽しみです。
及川:とはいえ今回の仕事は大変でした。今までの中で一番くらいです。原曲も音符があってないようなものなので、譜面を見てもメロディーと違うじゃんという場面も多かったので、譜面ではなく実際のメロディーに合わせていく形での作詞でした。
――ライブなんですね。
及川:はい、ライブに近いです。そうでありながらなるだけメロディーを壊さないという。なので、みんなの汗と涙の匂いがするミュージカルになっています。
──視覚・聴覚だけでなく五感全てで感じることができるというのは、ファンも期待している部分です。
及川:22年も続いている作品なのでメロディーが入っている方もいらっしゃると思うんです。あまりに崩すと「えーっ」となるのでそこは崩さないようにしています。気を付けました。
──確かに、そこはリメイク作品の怖い部分ですね。
及川:そうですね。それもあり忠実にすることはみんな意識していました。その中でもポイント・ポイントで、もっと分かり易くしよう、掘り下げていこうということは行っていきました。

──やはり、何度も上演されている作品なのでプレッシャーもありましたか。
及川:私はお話をいただくまで観ていなかったので、幸い気負いすぎることはなかったです。スガシカオさんや青井陽治さんの詞のマネにならないようにという点は意識していました。そういう意味でも知らない作品だったのがよかったんだと思います。
──マネしてしまうと前のままでよかったじゃないかということになりますから。
及川:「ロックの詞を書けるの」とは言われましたけどね。今までにもやってるんですけどね。
──及川さんはポップスのイメージが強いですからね。
及川:そうなんですよ。
──そういった意味でも及川さんのカウンターパンチ期待しています。

──『ヘドウィグ』が今なお支持されているのは何故だと思われますか。
及川:普遍性というのもあると思います。あくまでこれは私の主観なんですけど、一番最後にヘドウィグが残しているものが“希望”だからだと思います。
──確かに。
及川:私は最後に希望が残る作品が好きなんです。
──私も凄く好きな作品なんですけど、自分の中で上手く消化できていない部分があって、なんでだろうと思っていたのですが、今の及川さんの言葉でそのシコリが取れたように思います。
及川:最後にヘドウィグが自分には音楽があるじゃないかというところが、私の人生と被ったところでもあるんです。私も離婚した際に全部失ったと思ったんですけど、書くことが残っていると感じたんです。未来は自分の意志で変えられるんです。なので、私から見ると“愛”が原因になっているけどこれは“希望”の物語だと思っています。

──確かにその通りです。愛の物語という点に焦点が当てられがちですけど、自分で道をつくることができるという希望・未来の物語も普遍的なものでこの作品が支持される部分ですね。金言ありがとうございます。
及川:いえいえ。
──普遍的なテーマを持つ名作であり22年前の作品でミュージカル・映画と何度も再演されているので、物語を知っている方も多いと思いますが。
及川:そうですね。ファンの方には今回はどんな風に変わっているのかを楽しみにしていただければと思います。演出だったり、役者さん達だったり。浦井(健治)くんのファンは浦井くんがどんな風に変わっているんだろうとか、アヴちゃんはミュージシャンなのでどんな風に演技をするんだろうという期待感を皆さんもお持ちだと思います。
──そうですね、新たに上演されることへの期待はあります。
及川:今回は原作に忠実に作っているんです。自由に変換してもいいとプロデューサーから頂いていますが、詞も忠実に逸脱しない形で作詞しています。だからその基本ラインを守りながら、役者のみなさんがそれぞれの役を自分の中に入れて暴れてくれるという期待もあります。そういう部分で今までになかった浦井健治くんやアヴちゃんを見られるんじゃないかと期待していて、私自身も公演を楽しみにしています。

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