【世界から】中国 過熱化・過激化する動画撮影 その理由は

一挙手一投足を撮影されても笑顔で応える朱さん(C)2004-2018 www.beijingnews.cn

 救急に電話をかける前にカメラのスイッチを入れる―。

 会員制交流サイト(SNS)の普及を受けて、事件や事故現場で優先されることが「命」から「スマホで撮影すること」に変わりつつある現在社会を皮肉った言葉だ。このスマホによる撮影。中国では日本以上に過激だ。日本の情報番組でしばしば目にする中国で起きたいわゆる「衝撃映像」も、個人が撮影しインターネットに投稿した映像を使用していることが多い。

▼対象は何でも

 北京の地下鉄車内ではしばしば、座席をめぐる小競り合いが始まる。たいていは若者と中年が座席の座り方を巡って口論するのだが、誰かが一声かければ収まりそうなけんかばかり。ところが、今では周りの乗客がやることも変わってしまった。一声かける代わりにスマホのカメラを向けるのだ。どちらかが降車するまで続く怒鳴り合いの応酬を、乗客はひたすら撮影し続ける。

 最近では上海に暮らすホームレスの男性が動画撮影の「餌食」となった。路上で読書する姿や知識あふれ語り口を目撃されていた男性はネット上で「流浪大先生」と持ち上げられ、彼の言葉を聞きたい(撮影したい)という人々が殺到。再生回数2億回以上の「抖音」(日本ではショート動画配信アプリ「TikTok」)アカウントまで登場したが、プライバシーと睡眠時間を奪われたこの男性は「一片の敬意も感じられない」と言い残して10年来の居場所を去り、姿をくらました。

 人々がこれほどまでに動画撮影に執着するのはお金もうけのだめだ。多くのファンをつけ、視聴回数の多い動画ほど即収入につながる仕組みは日本と変わらない。一夜にして1カ月分の収入を得た、といった成功例も多く語られ人々の心をあおる。とにかく話題性の高い動画を入手出来ればこちらのもの、という概念が広く浸透しており一獲千金を狙う市民が手段を選ばず夢中になっているのが現状だ。

動画撮影者に囲まれるホームレスの男性=上海

▼他人がうまく行くのは許せない

 そして、中国で一番の撮影被害者と言われているのが山東省のある農民だ。

 今から8年前の2011年、古い軍用コートに穴の開いた毛糸の帽子で見るからに貧しい田舎の農民男性が、テレビのオーディション番組で突然プロ並みの歌唱力を発揮。見た目と歌声のギャップに聴衆が沸いた。すぐさま「大衣哥(コートの兄さん)」という愛称で社会現象になり、彼の住む村に観光客が押し寄せた。

 それから6年がたった17年ごろ、状況は一変する。動画投稿者が次々と朱さんの家に上がり込んできたのだ。いわゆる動画配信ブームの始まりで、「大衣哥」専用番組がいくつも立ち上がり、朱さんの生活の一部始終を皆がこぞって動画配信。1年間に都市部の大卒初年度の収入の約1・5倍にあたる6万元(約96万円)荒稼ぎした、新車を購入したと自慢する配信者もいる。

 無遠慮にカメラを向ける人たちに笑顔で応え、歌手にもならず変わらぬ農村生活を続けた朱さん。だが、ほどなくして災難に襲われる。贈り物と称して投げ込まれた「乾燥麺」の束で電灯が破壊され、のぞき防止に塀を少し高くしサボテンを植えたところ「態度がでかい」と糾弾される。元旦には門の外でお年玉を要求した人が、出てこない朱さんに腹を立ててドアに貼ってあった「春聯(正月を祝う縁起物の赤い紙)」を破り捨てて行った。

 これだけの目に遭いながらも長年にわたり怒りを表すなどしない朱さんは「正真正銘の善人」とかえって人気が高まる。それと比例するかのように、人々の傍若無人ぶりはエスカレートする。庭の花は踏みつぶされ、昼夜を問わず大声で呼ぶ、外から石を投げて窓を割る、寝姿を撮りたいと深夜に塀を乗り越える不届き者まで現れる。

朱さんの家に上がり込む人たち(C)2004-2018 www.beijingnews.cn

 すべては動画配信、いや金儲けのためだ。

 こうした過激な行動をとっているのは、村外の人だけではない。村内の、いわば近所の人たちの強欲ぶりも話題となっている。当初は訪れる人たちから入村料を徴収するなどしていたが、動画が金もうけになると知るやこぞってスマホを購入。撮影した動画は配信するだけでなく、第三者に転売する。中には74歳の老人もいて「くわをスマホに持ち替えた農民」と世間からやゆされるものの、1年間田畑を耕すのと同じ収入が1カ月の動画録画で手に入る魅力にはかなわない。

 また、朱さんは賞金や出演料で得た私財を投じて村の道路の舗装や変電設備の整備なども行った。にもかかわらず、近所の人たちが感謝する様子は一向にない。それどころか、テレビのインタビューで「1人ずつ現金1万元(約16万円)と車を1台買ってくれたなら感謝してやる」と恥ずかしげもなく答える人まで出るありさま。他人の「一獲千金劇」は心底面白くない、とストレートに不満をぶちまける。

▼中国人の国民性はどう変わるか

 過熱する動画配信ブームに、政府も法整備を急速に進めている。違法配信を徹底的に取り締まったほか、公序良俗に反する配信を監視している。また、各地で「文明行為促進条例」が公布され「不文明(野蛮)な行動をやめましょう」と大体的なキャンペーンも展開している。日本でも話題になった「北京ビキニ(男性の半裸姿)禁止令」もその一環だ。

 とはいえ、対人距離がゼロに近く、常に他人の動向に興味があり、遠慮なく他人の領域にグイグイと入ってくる中国独特の積極性が直ちに変わるとは考えにくい。人間関係が希薄化する現代社会において、この国民性は貴重な存在でもあるとさえ感じる時もあるほどだ。

 良くも悪くもすさまじいスピードで物事が展開していく現在の中国、人々の意識も同じようなスピードで、どのように変わっていくのであろうか。(北京在住ジャーナリスト、伊勢本ゆかり=共同通信特約)

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