“返上”後をどうする

 小さい頃、初めて自転車に乗れたときの残像が、今もうっすら頭にある。もう長いこと乗っていなくて、今またがればフラフラと危なっかしいはずだが、まるでやれないかと言えば、そうでもないらしい▲一度覚えたことは長い年月がたってもできてしまう。頭で記憶の糸をたどらずに、体でやれる技能を「手続き記憶」と呼ぶらしい。時間をかけて学んだ動作は、ずっと体に住み続ける▲かたや、何十年と続けるうちに、やがて腕前が落ちてきて「危険度」の増す場合もある。車の運転の技能がその例で、高齢ドライバーに免許の返納を促す機運がいま、高まっている▲何十年とハンドルを握ってきた手を、では、「事故の元だ」と引きはがせば済むのかどうか。筑波大のチームの研究結果がきのうの紙面にある。運転をやめて移動手段がなくなった高齢の人は、運転を続けている人よりも「要介護」の状態になるリスク(可能性)が2.2倍になるという▲「運転をやめると閉じこもりがちになり、健康に悪いのではないか」と研究者はみている。どうすれば活動的でいられるか。「超」の付く難問に違いない▲「交通の路線、便数を増やせばいい」と言うのはたやすく、行うのは難しい。免許だけでなく、体に宿った運転技能を“返上”した後の暮らしが問われている。(徹)

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