第29回「日常の中で突然、最終面のBGMが流れる日」

人生、左右されていますか? こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。

日々の中で時間の流れって一定なのでしょうか。わたしは、急に限界突破したハイスピードモードになることがあります。

わたしのストレス解消方のひとつは料理です。今日は時間もあるし、副菜までちゃんと作ろうかな、とスーパーへ。「アボカドもタマネギも高いじゃん、昨日までは98円だったのに。仕方ないからもう一軒スーパーをはしごしていくか…」

夕暮れ前、涼しくなってきた道を歩き出します。自転車に乗った子どもたちに追い越されて、その背中を見送っていたら、突然、最終面がやって来ました。

視界の右上にカウントダウンが始まるわけでもなく、自分の体が点滅をし始めるわけでもなく、ただ、最終面になってしまったのです。

頭の中で、考えていることが倍速に、なにかよくわからないけれど最終面らしいBGMも倍速に、とにかく早く早く早く! 早くしなくちゃ! 終わっちゃう、急がなくちゃ! でもなにを? いや、そんなことを考えている暇などない、とにかく早く買い物を終えて料理を作り終えなければ!だって最終面なのだから。

もう一軒のスーパーの手前にはABCマート。店員さんが外に出て「決算在庫一掃セールです!お急ぎください」と盛り立てています。そう、急がなくちゃ! わたし、急いでいるの! 早く探さなきゃ、早くいいものを見つけて買わなくちゃ! 速足でお店を一周します。スニーカーを眺めながら、あれ、でもなんで靴を? わたしはアボカドとタマネギを買おうとしていたはず。そして、今日はゆっくり料理をしようと思っていたはず。いやいや、でもそんなこと考えている暇はないんだった。

頭の中で最終面のBGMはますます速度をあげていきます。

家に帰り、慌てて野菜を洗い、包丁を握り、料理人かのようなスピードでトントンと野菜を切り、お鍋へ投げる。早く早く! ピーマンの種なんてザっと取って、とにかく早く。使ったボールをハイスピードで洗って鍋の火を消し、実家かというくらい何皿もおかずを作り終えて、ギラギラとした気持ちで机に並べます。あっ、だめだ、お箸がない。お箸を取ろうと最短距離で食器棚に腕を伸ばした時に、手前にあったお皿にぶつかり、床に落ちました。

ガチャンと大きな音を立てて、破片が散らばります。

その音を合図にして、大忙しのオーケストラのような、速度をあげにあげまくった脳内BGMが止まりました。

突然、シンと静まり返る脳内。わざと鼻をすすって音を確かめます。音楽がとまると、自分が自分に戻ってきました。「今日はゆっくりと時間を使えるから、丁寧に野菜とかを切って、楽しんで料理をしよう」と思っていた数時間前のことは、何年も昔の思い出のように感じます。通常の能力の倍くらい効率は上がりましたが、お皿は割れたし、気持ちも穏やかではありません。

なぜ、わたしは、生きているだけで急に最終面が来てしまうんだろう。

誰になにを急かされて、どうして急にこんなに焦燥感にとりつかれてしまうのだろう。

疲れたな、と気づき、少しむなしいような気持ちになりました。

こんなふうに、「生きている中で突然最終面が来て、頭の中で勝手に流れている音楽の速度が倍速になる時間が訪れる」という話をしていたら、友人にも似たようなことがあるようで、最終面ではないけれど突然最大限に焦って、なぜかスポーツチャンバラに入会を申し込んでいた、というのです。野菜を買おうとしていたのにABCマートへ飛び込んだわたしに言われたくないだろうけれど、爆笑してしまいました。そのうち脳内BGMはまたスピードをあげるだろうし、きっとまたむなしくなるだろうけれど、わたしの最終面の話しを聞いて同じように爆笑してくれた友人は、わたしの最終面を否定しないでいてくれました。

こんな風に、突然、日常に最終面が来るタイプの人は、頭の中でどんな音楽が流れているのでしょうか。とりあえずまずは、「それわかるわ」ってあきれ笑いをしながら、聞いてみたいなと思いました。

Aico Narumiya Profile

朗読詩人。朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ、新潟・東京・大阪を中心に全国で興行。2017年に書籍『あなたとわたしのドキュメンタリー』刊行(書肆侃侃房)。「生きづらさ」や「メンタルヘルス」をテーマに文章を書いている。ニュースサイト『TABLO』『EX大衆web』でも連載中。2019年7月、詩集『伝説にならないで ─ハロー言葉、あなたがひとりで打ち込んだ文字はわたしたちの目に見えている』刊行(皓星社)。

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