証明なき仮説が冤罪生む

「乳幼児揺さぶり」論争、弁護士が語る

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秋田真志弁護士

 海外で見直しを求める議論もある児童虐待の「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」理論。日本では弁護士や研究者らが2017年に立ち上げた「SBS検証プロジェクト」(大阪市)が議論を牽引し、警鐘を鳴らしてきた。プロジェクトの共同代表の1人で、自らも「虐待していない」と無実を訴える親らの弁護を務める秋田真志弁護士(56)に話を聞いた(聞き手は共同通信大阪社会部=武田惇志、広山哲男)。

 ▽医学的証明

 ―SBS理論の基本的な問題点とは。

 SBS理論は1970年代に仮説として始まったものにすぎません。揺さぶりによって硬膜下血腫・眼底出血・脳浮腫の3兆候が生じるとする医学的証明はなく、結局は自白に頼っています。十分な科学的証拠があるとは言えません。

 また医学的な所見だけでは事故か虐待かを見分けられないのに、それを認めないために誤った刑事訴追が続いています。

 こうした議論をすると「虐待の親を擁護している」などと的外れな批判を受けがちです。もちろん私たちも社会的に児童虐待が存在することは否定しませんし、児童の頭部外傷ケースを全てえん罪だと主張しているわけでもないのですが、悲しいかな、議論がかみ合いませんね。

 ―捜査機関は3徴候を見て虐待と断定しているわけではなく、あくまで総合的な判断に基づいて訴追していると説明する。

 「つかまり立ちから倒れてけがをした」などとする保護者の説明が、揺さぶってけがをさせたに違いないと考える捜査機関の見立てに合わない場合、保護者の説明は信用されません。

 総合判断と言っても、保護者の説明を不合理と決めつけているだけのことが多く、結局は医師の鑑定意見に依存しています。また、硬膜下血腫などの赤ちゃんの症状を「揺さぶりに特有なもの」として虐待の疑いを導く鑑定意見の論理は、これまでそうした症状を診て自らがSBSと診断を下してきたことを根拠にしています。これは証明すべき結論を前提に用いる「循環論法」です。

 ▽裁判所の変化

 ―事故と虐待の見分けが難しい状況で、捜査はどうなされるべきか。

 医学的な所見だけによる虐待判断をやめることです。

 医師の鑑定は、あくまで硬膜下出血が起きているなどの症状の客観的記載を基本とすべきです。その上で、虐待かどうかの判断は、医学的な所見以外の証拠も慎重に収集した上で、慎重に行わなければなりません。

 現状、捜査機関と病院、児童相談所の「多機関連携」でより慎重に判断していると言われるのですが、医学的な根拠が不十分なSBS理論を前提に、揺さぶりによる虐待との判断に偏りがちだと思っています。

 逮捕令状などを出す裁判官の役割も重要です。SBS理論の信頼性が揺らいでいることや、医学所見に対する証拠隠滅も考えにくい中で容疑者を拘束することが本当に必要なのかどうかも慎重に判断すべきです。ただ刑事裁判官の多くがSBSの要件を基にこれまでも令状を出し、有罪判決を書いてきているので、発想の転換が必要でしょう。

 ―検証プロジェクトの立ち上げ以降、裁判所の対応は変わったか。

 少し慎重になってきたと感じます。一審大阪地裁判決で有罪だった2件のSBS事件ではそれぞれ控訴審が始まっていますが、法廷では弁護側、検察側双方が医師を証人として呼び、医学的に高度な内容の審理が続いています。大阪高裁も慎重に判断しようとしているようです。

 無罪判決だけでなく、検察の勾留請求を却下した事例もあり、慎重さの表れといえます。

 ▽試金石

 ―SBS理論への批判に対し、米国や日本など各国の小児科学会などが反論の共同声明を出した。

 米国の医師らは検察に協力し、何千人も訴追され有罪判決を受けてきました。理論の科学的な正当性が失われたら、関わった医師らは責任を追及されてしまうかもしれません。「自分たちは間違っていない」とする政治的な動機が、声明の背景にあると見ています。

 また、声明は乳幼児の低所からの転落による死亡事故の発生確率は極めて低い(人口100万人あたり0・48人)とする米国医師の研究に触れています。

 これはカリフォルニア州の0~5歳のうち、低所転落で死亡したのは6人しかいなかったとして割り出した確率です。ですが養育者が「低所転落だ」と弁解しても聞き入れてもらえずに虐待とカウントされた可能性もあります。母数には全く健康な乳幼児が多く含まれ、分母が非常に大きくなっています。これだと事故の確率が小さく見えるようになるのです。

 本来比較すべきは揺さぶりか、低所転落か、のはずです。調査と同じ時期に揺さぶりによる死と認められた乳児はいませんでした。それなら「0対6」で低所転落による死亡の確率の方が高いとも言えるはずですよね。SBSを巡る議論ではこのように誤った統計論、確率論がはびこっています。

 ―確率論の話が刑事裁判にどう作用するのか

 例えば、米国では科学的な証拠の陪審員への提示方法について、「ドーバート基準」(理論や科学鑑定の信頼性を判断する基準)と呼ばれるルールなどさまざまな制約があります。

 日本でも刑事司法改革で取り調べの可視化(取り調べ状況を音声と映像で記録)が進み、捜査機関による自白の強要など違法な取り調べができなくなりました。今後は強要による自白は減るとみられ、裁判所はより客観的な証拠で犯罪に当たるか判断しなければならなくなるでしょう。

 何をもって犯罪を立証し、犯人性はどのように認定するのか、証拠評価がより重視されていくと思いますが、その評価の段階に誤った確率論やSBSのような誤った理論が持ち込まれたら大変なことになります。

 こうした問題を可視化の次のステップとして、私たち刑事弁護人は考えていかなければならないし、SBSを巡る議論はその試金石になると考えています。

秋田真志弁護士

「乳幼児揺さぶり」 虐待か冤罪か 無罪、不起訴相次ぐ 見直しの声

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