NTRソングとしての「万華鏡」岩崎宏美が覗いてしまった怖いもの 1979年 9月15日 岩崎宏美のシングル「万華鏡」がリリースされた日

先日仕事で、「万華鏡」に関するコピーを書いてくれと依頼された。万華鏡だなんて懐かしい、小学生の頃に、叔母が旅行のお土産でくれた時のことを思い出した。「覗いてくるくるまわすときれいでしょ」と言われて早速まわして見たが、光が十分じゃなかったようできれいに見えなかった。

窓の外に向かって覗いてまわすと、色のついたビーズや破片のようなものがサラサラと動き、様々に様子を変えるのが見えた。違う世界を覗いているような気持ちがしておもしろかった。勉強机の引き出しに入れて、時々出して覗いた。

ちょうどその頃、岩崎宏美が「万華鏡」というタイトルのシングルを発表した。その中身は、私がくるくるまわして遊んでいた万華鏡のこととはまったく違っていた。

主人公が彼氏の家を訪れ、恋人の浮気現場を覗き見るところから始まる。驚くことに主人公は、「ドアのすき間 一部始終」この恋人の裏切り を見ているのだ。普通の女性なら、そんなものは見たくない!と逃げ出さないか? または、ドアをガチャっと開けて部屋に乗り込んで、浮気現場を押さえるのではないだろうか。

なぜ主人公は「一部始終」見てしまったのか。この「万華鏡」の主人公は、女「NTR」だからではないかと思う。「NTR」とは 「寝取られ」の略で、恋人(女性)が、他の男性に寝取られるストーリー、またはそのような状況に性的興奮を覚える嗜好を指す用語だ。

嫌なはずのことをされて悦びを感じる… 精神的なマゾヒズムの一種であると言える。NTR ものは古くから存在し、谷崎潤一郎は『鍵』の中で、妻と他の男の性的関係を悦ぶ男を描いた。男は妻の情事を、鍵穴からじっと覗いた。一部始終、「万華鏡」の主人公と同じように。

女性の性的嗜好としての「NTR」は珍しいのかもしれない。しかし、浮気現場を見た時には、脳が刺激を受け多量のドーパミンが分泌される。「怒り」と「興奮」は、どちらも同じ交感神経が働いた時に感じる気持ちだ。何かの作用で、怒りと興奮が混ざることは十分にあり得、「女NTR」はおかしくない。実際、彼氏の元カノ話や浮気話に興奮するという女性は、たまにいる。

そう考えていくと、歌詞に出て来る「灼けつく こんな想い」「波立った胸が 胸が 痛いほど熱い 熱い」は、単なる浮気へのショックではなく、怒りと興奮が混ざった昂ぶりなのではないか。冒頭の「夢だと言って… 嘘だと言って… 幻だよと… あなた…」という懇願のようなメッセージは、彼の浮気への絶望ではなく、「NTR への目覚め」への混乱を吐露しているのではないか。

岩崎宏美のキラキラした歌い姿からは、哀しさよりも覚醒の恍惚感が伝わってくる、ように見える。昂ぶる気持ち、乱れる思い。そんな自分の姿を、ショーウィンドゥ、バックミラーで確認する。幾重にも重なる感情がくるくるくるくる見える。覗いてまわすと、めくるめくように様を変える万華鏡のようだ。

万華鏡の中には、「私を見る 私がいるのよ」という歌詞がとても怖い。姿を見たら死期が近いと言われている「ドッペルゲンガー」まで出てきてこの主人公は、興奮状態マックスで狂気の淵にいるのかもしれない。まだ浮気相手と部屋でヨロシクやってるだろう恋人に、教えてあげた方がいいかもしれない。

「覗く」ことでオーバーラップし、リンクし、混乱していく世界。最初に覗いたのはドアのすき間ではなく、自分が自分じゃないものに覚醒してしまう万華鏡だったのかもしれない。

―― などと考えて喜んでいるので、「万華鏡」コピー書き仕事は、まだ手もつけていません…。

歌詞引用: 万華鏡 / 岩崎宏美

※2017年9月23日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: かいなってぃー

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