【中原中也 詩の栞】 No.6 「臨終 詩集『山羊の歌』より」

秋空は鈍色にして
黒馬の瞳のひかり
  水涸れて落つる百合花
  あゝ こころうつろなるかな

神もなくしるべもなくて
窓近く婦の逝きぬ
  白き空盲ひてありて
  白き風冷たくありぬ

窓際に髪を洗へば
その腕の優しくありぬ
  朝の日は澪れてありぬ
  水の音したたりてゐぬ

町々はさやぎてありぬ
子等の声もつれてありぬ
  しかはあれ この魂はいかにとなるか?
  うすらぎて 空となるか?

【ひとことコラム】

〈しるべ〉は知人の意。孤独の内に亡くなった女性の姿が連を追うに従って鮮明になり、窓辺で髪を洗う姿を描いた第三連は一枚の絵画を見るようです。〈髪〉と〈腕〉に見られる黒と白のイメージの組み合わせが全体に散りばめられ、喪失感と哀悼の思いをにじませています。

中原中也記念館館長 中原 豊

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