対韓国「歴史戦」の布陣に 日韓基本条約揺らぐ事態も

By 内田恭司

初閣議に臨む(左から)河野太郎防衛相、茂木敏充外相、安倍首相、麻生太郎財務相、高市早苗総務相=11日夕、首相官邸

 新たな安倍改造内閣がスタートした。見えてくるのは、喫緊の課題である社会保障改革や経済対策もさることながら、さらなる関係悪化が予想される韓国との「歴史戦」に臨む布陣にしたということだ。展開次第では、両国関係の基礎となる日韓基本条約が揺らぐ事態も想定されるが、安倍晋三首相は文在寅政権と強い姿勢で向き合うようだ。 (共同通信=内田恭司)

ニューヨークで日韓外相会談へ

 安倍首相は今回、茂木敏充氏を経済再生担当相から外相に、河野太郎氏を外相から防衛相に横滑りさせ、思想・信条が自身と近い萩生田光一、衛藤晟一、西村康稔、高市早苗各氏を文部科学相、一億総活躍担当相、経済再生担当相、総務相として入閣させた。

 今回の組閣はいろいろと特徴付けられるが、「対韓国」という視点で見れば、安倍首相は実務面でも、姿勢の面でも文政権に対して一歩も引かない態勢を整えようとしたのだと言える。「歴史戦に受けて立つ陣容」(野党幹部)だと言っていい。

 日本政府関係者によると、文政権は国内外でさまざまな軋轢を生んでいるが、政権基盤はなお強固で、強い反日姿勢を示したことでさらに引き締まり、来年4月の総選挙は勝つ可能性が高いと、首相官邸は分析しているのだという。「先鋭化する文政権に対抗していく必要がある」(関係者)との認識が、今回の組閣に反映されているというわけだ。

 中でも注目されるのは茂木、河野両氏だ。二人は高い英語力と発信力が共通しており、国家安全保障会議(NSC)のメンバーでもある。一致した外交・安全保障戦略を基に、韓国に対して日韓両国と地域の安定に資する振る舞いを求める一方、国際社会に安倍政権の立場をアピールしていくのが、二人に要求される役割だ。

 茂木氏は9月下旬に出席を予定する米ニューヨークでの国連総会に合わせ、韓国の康京和外相と初めて会談する方向だ。実現すれば政権の方針として、元徴用工訴訟問題への対応と国際法違反の早期是正、慰安婦合意の誠実な履行を求める構えだ。

 河野氏にとっては、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を撤回させることが当面のテーマとなる。北朝鮮非核化への連携強化も重要なミッションだ。

2年半ぶりに閣僚が靖国参拝か

 萩生田氏ら4人については、まずは何人かが10月に秋季例大祭がある靖国神社に「参拝するのではないか」(自民党ベテラン)とみられている。

高市氏は前回の約3年にわたる総務相時代、春・秋季の両例大祭と8月の終戦記念日に毎年参拝した。萩生田、西村両氏は、参拝しない首相に代わり「安倍晋三」名の真榊や玉串料を奉納。衛藤氏は超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバーとして、常時参拝している。

 2012年12月の第2次安倍内閣発足後、両例大祭と終戦記念日には1~3人の閣僚が参拝していたが、17年4月の例大祭を最後にゼロとなった。主に中国への配慮からとされているが、今回誰かが参拝すれば2年半ぶりだ。「国策に殉じた方々に感謝の誠をささげた」などと参拝理由を述べるだろうが、韓国政府が強く反発するのは間違いない。

 4人はいずれも、新布陣における重要な役割も持つ。萩生田氏は、文科相として教科書検定で毅然とした姿勢を示し、高市氏は、総務相としてテレビ局の報道内容に目を光らせるはずだ。激化する日韓貿易摩擦の影響に目を配るのは、経済再生相の西村氏だ。

 一億総活躍相の衛藤氏はどうか。衛藤氏は領土問題担当相でもある。このため与党関係者は、韓国軍による半期ごとの竹島(韓国名・独島)防衛訓練などで日韓間の緊張が高まった場合、衛藤氏が2月22日の島根県主催の「竹島の日」記念式典に「対抗措置として、閣僚として初めて出席する可能性がある」と指摘する。

日朝国交正常化交渉への波及阻止

 元徴用工訴訟問題では国際法違反の早期是正を要求し、貿易面では輸出管理強化を徹底する。教科書検定への干渉は許さず、日本国内の「偏向」報道は目こぼししない。領土や海洋権益の問題には厳しく対応する―。各閣僚は連携して、安倍政権としての強い姿勢を示していくとみられるが、こうした対応で、果たして文政権から譲歩を引き出せるだろうか。

8月25日、島根県の竹島(韓国名・独島)で、防衛などを想定して訓練する韓 国海軍の特殊部隊(韓国海軍提供・共同)

 9月以降も文政権は、日本を世界貿易機関(WTO)に提訴し、韓国の輸出管理の優遇国から除外した。市民による日本製品不買運動の拡大も黙認し続けている。安倍政権が強く出たところで、文政権は譲歩するつもりなど、さらさらなさそうに見える。

 もちろん安倍首相はこうした展開を織り込んでいるだろう。今の日韓対立は、突き詰めれば日韓基本条約を巡る根源的な対立に起因している。日本が朝鮮半島を植民地化した日韓併合は合法か不法かという問いだ。文政権は「併合は不法であり、不当な植民地支配下での徴用は全て不法」との立場を取る以上、譲歩することは絶対にあり得ないからだ。

 言い方を変えれば、まさにここが日韓間の「歴史戦の本丸」でもある。今回の人事からして、安倍政権は場合によっては、ここで戦うことも選択肢に入れたのではないか。

 文政権が今後、不法論を声高に叫び始め、「合法・不法論」を玉虫色の表現で棚上げした日韓基本条約の見直しに言及した時、安倍政権も「合法論」を真正面から展開するのではないか。「タフネゴシエーター」の茂木氏の出番となるだろう。

 ここで日本が後退すれば、実は日朝国交正常化交渉に大きく響くことが予想される。日朝双方が「財産及び請求権を放棄」したはずの日朝平壌宣言の見直しにも波及しかねないからだ。もちろん、今の日朝間にそうした動きは全くない。

 だが、安倍政権は将来あり得るだろう日朝国交正常化交渉まで視野に入れ、文政権との「歴史戦」に臨む方針を決めたのだとすれば、安倍政権の決意は固いと見るべきだ。

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