「つらい選挙だった」災害対応中の選挙となった君津市議選の投票率は約12%も下落。候補者と選管に内情を聞く

9月15日告示、22日投開票された千葉県君津市議会議員選挙(以下、君津市議選)。台風15号による停電・断水などの被害の復旧が行われている中での選挙となり投票率は前回よりも約12%も下落しました。公職選挙法の規定で議員の任期を延長することができず(告示以降は投票日を延期することも投票日当日に投票所で投票ができないような事態が想定される場合以外には難しいため)当初の予定通りの告示日・投票日で行われました。

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選挙ドットコムでは今回の君津市議選でトップ当選をした下田剣吾・君津市議会議員と、君津市議選を行った君津市選挙管理委員会の職員の方に今回の選挙を振り返ってのお話を伺いました。

下田氏「選挙を行うべきではなかった。市民、職員、候補者、選挙管理委員会、どの立場の方にとってもつらい選挙だった」

選挙ドットコム編集部(以下、選挙ドットコム)
この度はお忙しいところ取材をお引き受けいただきありがとうございます。今回の君津市議選を振り返ってのお話を伺いたいのですが、台風直後の市内はどのような状況でしたでしょうか?

下田剣吾・君津市議会議員(以下、下田けんご氏)
当時は市内山間部の多くの地域で停電と断水が続いていました。電気が回復しても、水道の場合、配水場の復旧や水道管の洗浄が必要なため、電気が通ってからも、最長4日ほどは水が出ません。

市街地の電気が復旧した地区でも、断水が続いていました。市内のコンビニやスーパーも閉店していて、運よく営業していたとしても、食料や燃料など、今必要なものが品薄になっていました。そうしたお店に水も電気も止まった山間部から市民が買物に来ていました。

コインランドリーやガソリンスタンドも行列ができていていました。当初は少し北にある袖ケ浦市まで、あるいは市原まで給油に行く方、最後は高速道路で東京湾の反対側の川崎まで給油や買物に行く方もいました。

下田けんご氏のブログより

その一方で、山間部など一部では、ガソリンがなくなり、家から出られない、あるいは大木が倒れていて歩いてなら出られるが、車が出せないなどの理由で、食料や水が手に入らず、「飢え」の状態の市民もいる悲惨な状態でした。

選挙ドットコム
そんな中で行われた選挙に対して周囲の反応はどのようなものがありましたか?

下田けんご氏
例えばまちの雰囲気はというと、ガソリンスタンドの行列やコインランドリーの順番などで、市民同士のトラブルも起きていました。先の見えない不安、水や食料の不足、誰もがイライラしている状況でした。

ですので、当然選挙をやるのがおかしいという声が圧倒的に多かったです。候補者がポスターを貼る掲示板を直している職員や業者さんがいただけで市民から怒鳴られていました。給水車で水をもらうための行列のすぐ横だったのです。当然ですよね。私自身も絶対にやるべきでない選挙だと考えていました。投票所になる公民館自体もまだ停電していたのです。

選挙ドットコム
当時の君津市議会の皆さんは選挙を止めようとしたとか?

下田けんご氏
告示2日前に、緊急の議員会議が開かれました。そこで多くの議員から選挙をやるべきでないという声が出ました。「私の地区では大木が倒れていて家から出られない、そういう状況でやるのか」など悲痛な声も上がりました。そこでその場で、参加議員と電話連絡ができる議員全員の連名で文書を作り、市長と市の選挙管理委員会に対して選挙延期の申し入れを行いました。

奇策として全員立候補しなければよいのでは、とも話し合いましたが、法律の規定では5人以上立候補した場合、その方々は当選になり、残りを選挙する形になるということで、ボイコットによる延期も難しいことがわかりました。しかし次の日、選挙管理委員会が開かれ、「予定通り実施する」との電話連絡が来ました。選挙を実施と言われても、何をしたらよいかわからない中で選挙当日を迎えました

選挙ドットコム
選挙戦が始まってからはどんな様子でしたでしょうか。

下田けんご氏
最初はポスターを貼るのですが、ポスター貼りをボランティアの方がしているだけで睨まれたり、インターネットには「それだけ人がいるなら被災者を手伝えば良いのに」という声が市民から寄せられました。私の陣営はずっとボランティア選挙をしてきましたが、停電・断水している方にはとてもお願いできないため、足りない部分は自分で少しずつ貼っていきました。しかし中にはどうしてもやると譲らない方もいて自宅が停電・断水しているのにもかかわらず手伝っていただいた方もいました。この事を考えると今でも涙が出てきます

出陣式は参加を呼び掛けることも難しいため、静かなものとなりましたが、問題は選挙カーでの遊説をどうするかでした。

まず、一晩考えた末、「市の防災無線が聞取りづらい」という声が支援者からも多く上がっていたため、市が広報する給水車やブルーシートの配布などの情報を、選挙カーで話すことにしました。選挙カーのスピーカーは音も大きく、ウグイス嬢の声は非常にクリアで聞き取りやすいので、少しは迷惑にならないのではないかと考えました。

しかしすぐに現実とぶつかりました。いつもならまずは地元地区を「これから七日間お願いします」と回るところを、一切しゃべらずに市街地に向かって車を走らせていました。それも、停電断水が復旧し3日以上たっている地域と決めて。

しかし、通り過ぎる人、車、全ての視線が非常につらいものでした。睨みつける、無視をする。「うるせえ」と怒鳴りつけられる、しゃべっていなくても、です。市民の気持ちに立てば当然ですよね。

市議会が延期をお願いした事や、法律上どうしてもやらなければいけないという事も伝わっていないこともあるでしょう。しかしそれ以上に、あの選挙カー独特の雰囲気です。笑顔の看板、御神輿のようにも見えます。自分たちがやりたくないとどんなに思っていても、選挙カーの楽しげな雰囲気は「選挙が好き」「自分たちがやりたくてやっている」というように見えてしまうのだと思います。

選挙情勢として、厳しい選挙も経験しましたが、それ以上に「非常識だ」、「なぜこんな時に選挙をやるのか」という当たり前の視線の厳しさ、人でなしと思われる辛さは一生忘れられないと思います。

下田けんご氏のブログより

2日目は雨だったため、さらに市民の感情はつらいだろうと思い、遊説は中止しました。この日に台風で被害を受けた屋根が雨漏りし、絶望的な気持ちになっている方もいたと思います。3日目、悩んだ末の結論が、謝ろう、という事でした。

停電は一義的には東京電力の問題、市役所の対応も、市議の私が直接指揮できるわけではありません。しかしながら、初めての断水停電の苦しむ市民を前に、責任のある方が、「想定外の災害なので」、とか、「できる限り一生懸命やっています」などという言い方をすればするほど、市民の苦しみは深まっていくと考えました。また、防災の政策を語ることも違うし、ただ防災情報を伝えるのも違うと考えました。

なので、まず「停電や断水の皆様のご心労、様々な対応の不足に、心からお詫び申し上げます。申し訳ございません」ということを伝え、片付けやブルーシートを張りを手伝っていただけるボランティアセンターの番号と、防災無線と同じ内容が聞けるフリーダイヤルを繰り返し伝え続けました。

日にちが過ぎていくと、少しずつ市民の方の表情も少し変わってきたように感じました。内容も災害対策本部からその日に出た情報(自衛隊によるお風呂の場所)も加えたりしました。

選挙ドットコム
一方でできなかった活動はありましたか?

下田けんご氏
まず、私の今までの選挙運動の大きな特徴は街頭演説でした。熱を込めて、多くの人が振り向いてくれるような言葉で演説する事を私も大切にしてきましたし、市民の方もそのことを知ってくれています。また全国の若手市議の仲間の応援も名物とされていました。しかし、それらは全部やめました。どんな政策を語るにしろ、それが防災であっても、どんなに熱い言葉であっても、選挙のお願いになってしまうからです。つまり、最後は自分のことをお願いします、という意味になってしまいます。

私は過去に、演説をほめていただいたこともあったのですが、その理由は、聞く人の気持ちに寄り添うからだと思っています。市民が今、何を考えているのか、どういう言葉が聞きたいのか、を考えるから、聞いてもらえる演説になると思ってきました。

下田けんご氏のブログより

台風で被災した市民の今、考えている事は「断水が、停電が苦しい」、「今後がどうなるか不安」、「市などの対応が悪い」、「いつも通り暮らせないイライラ、苦痛」などだと思いました。そういう思いの市民に、自分への投票をお願いするなど、絶対にできないと思いました。もし、演説をしないで落選しても、あきらめようと覚悟しました。

もう一つは、被災地に入ることができませんでした。被災した信頼する支援者から電話があったのです。「下田さん、きょうも断水している私たちの地区に名前を連呼する選挙カーが2台来た、そういう行動は人間として、下田さんにはしてほしくない」と怒鳴るわけでなく、静かに真面目に話をされたのです。誠実な姿勢には誠実な姿で答えようと思い、被災地には一切入らないと決めました。

しかし、最終日の土曜日にはウグイスの方々と議論になりました。やはり日一日とまちの様子が落ち着きを取り戻してきたこともあるでしょう。8年以上も一緒に戦ってきたウグイスからは「いくら下田さんが被災者を思いやっていても、話さなきゃそれが伝わらないよ」とか、「他の候補者は通常モード。自粛をして、万が一落ちてしまったら市議として、被災地も助けられない!」。

いずれも私を思う、本気の意見だったのですが、最終的には、被災地入りも、名前の連呼もしないまま終わりました。もし自分が停電・断水の中に生きていたら、選挙カーをどう思うか、そんな風に考えて自分を抑えました。名前の連呼をしていた候補者も苦しかったと思います。特に新人であれば、自分の名前で投票をお願いするのがその7日間しかありません。自粛ムードの中では現職よりも新人が不利になってしまいます。ですので、苦しい思いで選挙運動をされた方もいたと思います。

また、被災地に入った候補も、あえて現地に赴くことで、批判はあっても、中には喜んでくれる人もいるかもしれません。また、怒られたとしても、怒られる中で、様々な要望や情報を市役所につなげる事もあると思います

他市の市議ですが、「被災者に怒られることは決して悪い事ではない、誰にも言えない不満やイライラをぶつけてもらう、そしてそこから解決を促すのも市議の役割」と助言された先輩もいました。結果的に、どのような選挙運動をしたにしろ、今回の選挙で悩んでいない候補者はいないと思います

私は台風での被災、そして選挙運動から結果が出た時も、そして今も、ずっともやもやした胃が痛いような思いが続いています。

選挙ドットコム
候補者として台風被害が大きい中で実施が決まり、行われた選挙についてどのように思われますか?

下田けんご氏
絶対にやるべき選挙ではなかったと思います。

停電したままの公民館が投票所となり、選挙事務所が停電していた候補者もいました。実際に、停電断水が市内で終息したのは投票日から3日後の9月25日です。暮らしそのものが安定していないと、投票に行くことができないし、選挙という気持ちになかなかなれないのが市民の思いだと思います。

もう一つは山間部の市民に対して公平ではないという事です。定数削減を進めてきたこともあり、山間部の候補者にとってはそもそも厳しい選挙でした。さらに停電断水はその山間地で起きており、その結果、山間部では20パーセント近く、全体でも13パーセントも投票率が下がりました。もう少し市民の暮らしが落ち着いてからであれば、このような投票率にはならなかったと思います。

多くの市外からの応援職員の皆様のおかげで選挙を実施する事はできましたが、市民、職員、候補者、選挙管理委員会、どの立場の方にとってもつらい選挙だったと思います。

市議会議員選挙は市の事務である以上、市長が非常事態であることを記者会見などで伝えた上で、やらないということもできる可能性はゼロではないと思います。しかしそうした浦安市における千葉県議選のようなボイコットは、県知事選挙にも出たほどの名物市長である松崎元浦安市長だからできたことで、普通の市長では難しい。

今回のような、暮らしそのものの根幹を揺るがす長期停電など特別な理由があれば、日程決定後であっても現議員の任期を延ばし、適切な時期まで選挙を遅らせる法整備が必要だと考えます

選挙ドットコム
現在の君津市の復旧・復興状況はいかがでしょうか。

下田けんご氏
山間部の清和地区の豊英というところの断水が解消し、停電と断水が16日間でようやく終息しました。9月27日には清和地区でライオンズクラブの皆様がお弁当を配布してくれました。自衛隊の皆様がお風呂を設置し、ブルーシートをかけ、木を伐採してくださったこと、長野県飯田市、埼玉県白岡市、滋賀県草津市をはじめ多くの地方自治体や民間団体、ボランティアの皆様の支援を市民は忘れないと思います。

現在も災害対策本部や市役所には東京都や他自治体の職員の皆様が入り、罹災証明書の発行などを支援して下さっています。ボランティアセンターでは全国からたくさんの方々が支援をして下さっています。本当にありがたいです。

具体的な復旧の課題は、災害ゴミ、いわゆるガレキの受け入れを現在君津市内2か所で行っているのですが、その場所の増設が必要である事。また、車で受け入れ場所まで持っていけない市民もいるため、市の回収が必要ですが、実現に至っていないのが課題です。

また、先祖伝来、思い入れのある自宅に住んでいる市民の中には、破損があったり、雨漏りしていても我慢して住み続けている方も多くいます。しかし2週間が過ぎ、室内にカビが発生したり、予想以上に家が傷んだりして、困る市民が増えています。

これから寒くなります。カビなど健康への影響もありますので、現在は県営住宅を一時的に利用する県の制度しかないので、民間のアパートの空室を市が借り上げて、自宅に住めない市民に使ってもらう制度が必要だと考えています。

下田けんご氏のブログより

また農業分野では、君津市の特産には白い色が特徴のカラーという花や、観光の柱でもあるイチゴがあるのですが、こうしたハウスが甚大な被害を受けています。壊れたハウスの撤去や来年のための苗やハウスの新設などをしなければならないのに、収入源が経たれてしまった状況です。もしかすると多くの離農する方が出る厳しい状況です。国や県の十分な支援を、市を上げて要望していく必要があると考えています。

最後に危機管理や災害対策についても、多くの課題が出てきたと思います。今後予想される首都直下地震では、今回の停電・断水に加えて、死者やけが人が多数予測されます。今回の市長や幹部の判断や、人の動きについて、それぞれが記録を残し、反省をし、次の具体的な防災計画やマニュアルに活かす必要があります。新しい議会でも、同僚議員と協力しながら、まずそのことに取り組みたいと思います。

選挙ドットコムさんは今回、全てのの候補者の映像を無償で撮影、インターネットで公開していただいたり、選挙公報やビラなどを掲載していただくなど、停電や断水に苦しむ市民や候補者に寄り添い、公平な選挙のための活動をされていました。市民として、また他の候補者と共に、お礼申し上げます。ありがとうございました。

選挙ドットコム
災害被害の中で行われた選挙の候補者として、また被災した市民の一人としての、痛切な想いを語っていただきありがとうございました。

選管の声「法律上延期が難しい選挙だった。市町村に選択肢があれば…災害直後の選挙には事前の備えが重要」

また、選挙ドットコム編集部では今回の君津市議選を行った君津市の選挙管理委員会の職員の方にもお話を伺いました。

選挙ドットコム編集部(以下、選挙ドットコム)
今回の君津市議選では台風復旧の中で選挙を行う難しい判断をされました。実際に選挙を行って明らかになった課題は何かありましたでしょうか。

君津市選挙管理委員会の職員の方(以下、君津市選管)
なかなかこれが課題だ、というのは申し上げにくいのですが、今回の君津市議選の投票率は前回と比べて下がる結果となりましたので、周知の方法というのは課題の一つといえます。通常時であれば防災無線で期日前投票の案内を行うのですが、今回は台風被害対応や復旧の情報を流しておりましたので投票日当日の案内は行いましたが期日前投票の案内は行いませんでした。

選挙ドットコム
災害復旧の中で行う選挙は周知の方法にも限りがあったのですね。今回の君津市議選を行う判断をした背景には公職選挙法の規定上、市議の任期を伸ばすことができないことや投票日の延期が難しいということがありました。法律や制度の整備を求める声も上がっていますがそれに対してはどのように思われていますか?

君津市選管
市議の任期を伸ばすことが法律上難しいこともあり今回の君津市議選を行う決定をしました。

(編集部注:過去、東日本大震災の時などに臨時特例法で例外的に延期されたことはありましたが、今回の台風で特例法はありませんでした。また、選挙を告示してから投票日を延期するためには、投票日当日に投票所で投票することが難しい場合に延ばす「繰延投票」という仕組みがありますが今回の君津市議選ではこれに該当する状況ではないという判断がされました。参考記事>>

公職選挙法で定められているルールに則って選挙を行う判断をしましたが、災害にあたって市町村で対応の選択肢を選ぶこと…例えば実際に選挙を行うか延期するか、などを市町村で選ぶことができるようになればまた状況は異なっていたと思います。

選挙ドットコム
今回はある意味選挙を行う以外の選択肢がなかった、あるいは選挙を行う以外の選択肢を非常に選びづらかったのではと思います。最後にお伺いしたいのですが、他の地域・自治体で今回の君津市のように災害があった直後に選挙を行うことになった場合、気を付けるべきことなどはありますでしょうか?

君津市選管
その時々の事情や災害状況によっても異なるとは思いますが、やはり事前の備え、状況想定やマニュアル作成を行うことでしょうか。例えば期日前投票所で発電機を用いることができない場合には紙ベースで名簿の管理を行うことになりますが、そういった際にどうするのか、発電機の手配はどうするのか、といったことなどです。今回の君津市議選では停電が障害となっていましたので、災害時に実際にどうするのかといった備えは重要だと思います。

選挙ドットコム
災害に対する備えが選挙の実務でも不可欠ということですね。

君津市選管
また、今回の台風被害からの復旧や君津市議選の実施にあたって近隣の自治体をはじめ多くの皆様からのご支援をいただいております。今後、他の自治体でこのようなことが起こった際には、ぜひ支援させていただきたいと考えております。この度いただきました皆様からのご支援にこの場を借りて御礼申し上げます。誠にありがとうございました。

選挙ドットコム
選挙を行う側の選管の方にも苦しいところが多々あったかと思います。この度はお話いただきありがとうございました。

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