子ども分野の新国家資格の創設案は、現場職員の声を反映していない?

初公判が行なわれた、目黒区の女児虐待事件の父親の裁判員裁判。児童相談所が事件を防ぎきれなかったことが問題視されました。

続発する虐待事件などを受けて、厚生労働省はいま子ども分野の新たな国家資格の創設について論議するワーキングチームを開いていますが、難関の国家資格を新たに作るより先に、児童福祉の現場職員の待遇改善のほうがまず必要とされているのではないでしょうか。


続発する児童虐待にどう対応するか

10月1日、東京地裁で、当時5歳の船戸結愛ちゃんを虐待し、死亡させた継父の船戸雄大被告の裁判員裁判の初公判が行なわれ、7日には結審。検察側により船戸雄大被告に懲役18年が求刑されました。

結愛ちゃんがノートに書き残していた「パパ ママ もうおねがい ゆるして」という文言が日本中に衝撃を与えたこの事件。船戸雄大被告が結愛ちゃんに食事制限をしたり、毎朝4時から息が苦しくなるまで運動させ、できないと冷水のシャワーを浴びせるなどの虐待を続けた上、昨年2月には顔を多数回殴るなどしてけがをさせ、3月2日に肺炎による敗血症で死亡したとされました。

弁護側冒頭陳述によると、雄大被告は理想の家庭を思い描き、結愛ちゃんを思い通りの子供にしようとしたとして、「虐待は許されないが、被告は父親であろうとしていた」といいますが、勉強しないことや太ったことに激怒し、食事制限や暴力を繰り返していた被告のことを、父親と呼ぶことなど到底できません。

判決は今月15日の見通しです。妻の優里被告には9月17日に懲役8年の実刑判決が言い渡されましたが、被告側は9月30日に東京高裁に控訴しています。

この船戸結愛ちゃんの事件や、女児が書いたアンケートを教育委員会が父親に見せたことが非難された千葉県野田市の栗原心愛ちゃんの事件を受けて、児童福祉法は2019年6月に改正され、転居時の情報共有の徹底などが盛り込まれました。

これは、結愛ちゃんの事件で、転居前の香川と転居後の東京双方の児童相談所が虐待の疑いを察知していながら、連携が十分に取れなかったことなどを受けてのものです。

国家資格創設は最優先事項か?

児童相談所の仕事は、一歩間違えば家族を無理矢理引きはがして新たな悲劇を生む危険性もはらんでいますが、かといって緊急性の高いケースに介入しかねると、今回のような事件を引き起こしかねません。高度に専門的な仕事です。

そのような子ども分野の福祉職のさらなる専門化で、複雑化する現場の情勢に対応しようというのでしょうか。厚生労働省が、子ども分野の新たな国家資格の創設を論議中です。

「福祉新聞」8月26日および9月16日の記事によると、この新たな国家資格の創設は、6月に成立した改正児童福祉法等の付帯決議に、その検討が盛り込まれていたものです。

現在厚生労働省の「子ども家庭福祉に関し専門的な知識・技術を必要とする支援を行なう者の資格の在り方その他資質の向上策に関するワーキンググループ」(座長・山縣文治・関西大教授)で話し合われているもので、児童福祉分野における行動や知識と技能を持つ人材の育成と確保を目指しているといいます。

しかし、児童福祉に関する資格としてはすでに児童福祉司があり、社会福祉に関する国家資格としては、社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士があります。今回の子ども分野における新資格創設案に対し、日本社会福祉士会や日本精神保健福祉士協会は、「新資格を作り専門人材を育てるには時間がかかり、既にある資格者のレベルアップを図った方がいい」と反対の立場を表明しています。

確かに、新しい資格が誕生すれば、子ども分野の福祉職を目指す人は、その資格取得のための勉強や、実習、試験対策に多くの時間を取られることになります。

筆者は精神保健福祉士の資格を持っていますが、資格試験のために勉強した内容のなかには、イギリスの福祉制度の歴史など、福祉職の現場仕事には到底使いそうもない知識も多くありました。それらを暗記しなければならない上に、資格取得のために専門学校などに通うのは、たとえ通信であってもそれなりの費用と時間がかかります。

一方で、社会福祉士や精神保健福祉士・介護福祉士といった国家資格の保持者のなかにも、非正規雇用で自らがギリギリの生活をしながら、対人援助の仕事を続けている人は少なくありません。

いまの子ども分野の福祉現場には、新しい資格を創設して、その資格取得のためのハードルを設定することよりも先に、健全な精神状態で仕事を続けられるだけの賃金アップや待遇改善、業務過多とならないための人員増のほうが喫緊の課題として求められているのではないでしょうか。

難しい国家試験を通った人が仕事をするようになれば、児童福祉の質も改善されるに違いない。いかにも難関の国家公務員試験を勝ち抜いた厚生労働省の官僚が考えそうなことですが、いまこのときも家庭で虐待され、声にならない悲鳴を上げている子供たちを救うために、それが本当に優先順位として上位にあがることなのでしょうか。

このワーキンググループの最終的な結論は、2020年末に取りまとめられるとのことです。論議するワーキンググループには児童福祉施設の責任者なども参加しているようですが、「仏作って魂入れず」の新資格とならないように、福祉施設の管理職や官僚主導ではなく、現場で苦しい思いをしながら働いている現役職員の声を必ず反映してほしいと願わずにはいられません。

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