長崎、熊本、鹿児島つなぐ三県架橋構想構想 40年余、進まぬ事業化の道

三県架橋構想のイメージ図

 南島原市と熊本県天草市、鹿児島県長島町を二つの橋で結ぶ「三県架橋構想」が浮上して40年余り。九州西岸地域の発展や九州全体の浮揚につながる事業として3県が実現を目指しているが、今も具体的な動きは見えない。「構想」のままで「調査」「事業化」へとなかなか進まない現状に、地域住民からは「もう無理だろう」との声も聞こえる。これまでの経緯や現状などを探った。

■期 待 

 島原半島の最南端、南島原市口之津町早崎半島と対岸の天草諸島の間にある早崎瀬戸は絶景スポットとして知られる。距離は最短で約4キロ。有明海の出入り口に位置していることから潮の流れが激しく、晴れた日には海の向こうに天草下島がはっきりと見える。
 三県架橋構想は1978年、鹿児島県総合計画に長島-天草の架橋建設が盛り込まれたのが始まり。86年、熊本県総合計画で「鬼池(熊本)~口之津橋」「牛深(熊本)~長島架橋」構想が打ち出され、翌87年6月には九州沖縄知事サミットが「島原・天草・長島架橋構想」の推進を確認。本県も翌月、長期構想に「島原半島~天草連絡システム構想」を盛り込み、正式に架橋構想が動きだした。
 南島原市の前身の一つ、南高口之津町の毛利高根元町長(故人)は88年1月の町だよりに、こんな新年のあいさつを寄せている。「今年の夢をでっかく語りたいと思います。夢の架け橋と思っていた島原天草架橋が現実のプロジェクトとして動きだした。取り付け道路を含め全長4.7キロ。これが出来ると世界一の吊り橋と斜長橋になる。工事期間の賑わいや完成の暁を想像すると、波及効果や経済効果が考えられて、夢は果てしなく、大きく広がる」
 町民の期待も大きく膨らんだ。元南島原市議で口之津史談会の山本芳文さん(73)は「船員の町として名をはせた口之津も海運の仕事が減り、人口減少が進んでいた。そんな折に浮上した架橋構想。町中その話題で大騒ぎになった。取り付け道路ができそうな山の所有者宅では、相続を巡って争いが起こっていた」と懐かしむ。

■効 果 

 早期事業化を目指し、3県選出の国会議員連盟や地元期成会などの設立も相次いだ。88年5月には3県と各地元期成会などで組織する「島原・天草・長島架橋建設促進協議会」が発足。構想実現に向けた推進大会を開催するなど、県域を越えて架橋ムードは高まった。
 同協議会の資料によると、長崎市から鹿児島市までの車での所要時間約7時間(早崎瀬戸、長島海峡はフェリー利用)を架橋で約3時間45分短縮。「新産業の創出」「人や物の交流の活発化」「九州西岸軸ルートの形成による新たな広域観光ネットワーク」といった効果を挙げている。
 3県が一体となった運動は実を結び、国が98年に策定した第5次全国総合開発計画に大型海峡や湾口を橋、トンネルなどで結ぶ「海峡横断プロジェクト」が盛り込まれ、島原天草長島連絡道路や東京湾口道路(千葉~神奈川)など6ルートが計画された。しかし、道路特定財源の使途などへの批判の高まりを背景に、国交大臣が2008年4月、調査中止を明言し、事実上の凍結となった。現在の架橋構想は、15年策定の「国土形成計画」で「長期的視点から取り組む」との位置付けだ。

■浮 揚 

 地域活性化の起爆剤としていちるの望みをつなぐのが南島原市。人口は合併時の約5万6千人(06年4月)から約4万5千人(今年7月現在)にまで減少。65歳以上の高齢化率は38.57%に達し、25年には生産年齢人口(15~64歳)を上回るとの推計もある。
 社会保障費の増大や市税収入の減少などで厳しい財政運営が見込まれ、松本政博市長は「地域高規格道路を含めた交通網の充実が地域活性化には不可欠。とりわけ3県架橋は県境を越えた交流が可能になる。産業、経済、文化圏の拡大が期待できる」と必要性を訴える。
 一方、口之津-天草でフェリーを運航する島原鉄道(島原市)によると、昨夏、原城跡(南有馬町)などを構成資産とする「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産になったことで、昨年度の輸送台数は前年度比6.5%増。現在、県と南島原市による口之津港ターミナル再整備事業(総事業費約10億7千万円)も進行中で、来年3月には供用開始予定だ。
 島鉄は「九州西岸軸のルートを担っており、首都圏方面から九州一周を目的とした連泊による利用もある」と話す。地元関係者の中には「橋が架かれば、さらに人の移動・交流は増えるはず」との声も上がる。

■失 望 

 だが、架橋構想から40年余りの歳月は、地域住民の期待を失望に変え、今や構想そのものが記憶から薄れつつある。南島原市の60代男性は「まだ、(架橋構想が)あったのか。田中角栄首相のような豪腕政治家がいたら実現したんだろうけど」と、対岸に見える天草下島を眺めて笑った。
 今の現状をどう受け止めているのか-。島原・天草・長島架橋建設促進協議会(会長・蒲島郁夫熊本県知事)は「大変厳しい現状を受け止めている。しかし、三県架橋は壮大なプロジェクト。一朝一夕に実現できるものではない。3県や地元が熱意を持ち、国への働き掛けに力を入れ続けることが重要。国による調査再開に向けて取り組む」とのコメントを出した。
 3県や地元期成会から同協議会への負担金は年間で総額約400万円。構想への熱意を示す推進地方大会や少年サッカー大会、絵画コンテストなどで機運を醸成し、国への要望活動も継続している。山本さんは「費用対効果で厳しい状況だが、地元住民としては実現へ努力してほしい。だからこそ、架橋構想について、必要性や心意気をあらためて市民に説明する必要があるのでは」と指摘する。

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