早すぎたアイドル、伊藤さやか「恋の呪文はスキトキメキトキス」 1982年 10月5日 伊藤さやかのサードシングル「恋の呪文はスキトキメキトキス」がリリースされた日

好きな異性が思わぬ方向へイメチェンを図り、その変化に耐えきれず、恋が終わることがある。

昔、小学6年生の時に好きだった女の子がいた。色白で、ワンピースの似合うロングヘアーの彼女は、当時『コメットさん』で人気の大場久美子に似た、可憐な美少女だった。

ところが―― 中学に上がると、なぜか彼女は次第にヤンキー化し、夏休みを迎える頃には長いスカートを引きずるツッパリ少女に変貌していた。その夏、僕の恋は静かに終わった。失恋ではない。元より告白もしていないので、フラれようもない。一方的に憧れ、一方的に身を引いた儚い片想いだった。

異性のアイドル相手にも、似たようなことはある。

デビュー当時のキラキラした笑顔にたちまちハートを撃ち抜かれるも、次第に彼女は “個性” という病に取りつかれ、脱・アイドル化を図ろうとする。小泉今日子みたいにそれが本人の魅力とハマればいいのだけど―― 大抵はうまく行かない。彼女の目指す路線とファンの想いがどんどん遊離し、ある日、携帯電話の電波が途切れるように、プツンと恋が終わる。

そう、あのアイドルもそうだった。
伊藤さやか、その人である。

以前―― 本サイトで「天使と悪魔の二面性、伊藤さやかはアイドル+ロックンローラー!?」と題して、彼女の芸能界への道のりと、デビュー当時について書かせてもらったが、今回はその続編となる。

思えば、ドラマ『陽あたり良好!』で彼女が演じたヒロイン・岸本かすみは、明るいキャラで、ショートボブの似合う美少女だった。デビュー曲「天使と悪魔(ナンパされたい編)」はアイドルの楽曲としては少々異色ではあったが、それでもキュートな彼女の魅力を引き出していた。

僕はたちまち彼女のトリコになった。子犬のような愛らしい顔、高くて伸びのある声―― 彼女が出演するメディアを全てチェックするようになった。

だが、幸せな時代は長くは続かない。

図らずもパンドラの箱は、彼女の最大のヒット曲であるサードシングルによって開けられる――。

少々前置きが長くなったが、今日10月5日は、今から36年前の1982年に、伊藤さやかのサードシングル「恋の呪文はスキトキメキトキス」がリリースされた日である。

 恋の呪文は スキトキメキトキス
 さかさに読んでも スキトキメキトキス
 さすがのためいき スキトキメキトキス
 恋の忍術 スキトキメキトキス

それは、フジテレビ系で日曜夜7時から放送されていたアニメ『さすがの猿飛』の主題歌だった。

まず、タイトルがいい。作詞は康珍化である。“好き・トキメキとキス”―― この造語感覚はアニメソングにしておくにはもったいない。逆さに読んでもスキトキメキトキス。さすが、小泉今日子に「渚のはいから人魚」で “キュートなヒップにズキンドキン” と歌わせただけのことはある。

そして、作曲は小林泉美である。ご存知、『うる星やつら』の主題歌「ラムのラブソング」を作った80年代の歌姫だ。かつて高中正義バンドでキーボーディストとしても鳴らしたキュートな彼女の才能は、ここでもいかんなく発揮される。全体に大人びた曲調は、「ラムのラブソング」とはまた違うハードポップな世界観を創出した。ひと言で言えば “カッコいい”。

 心うきうき でもさりげなく
 あなたの腕に つかまれば
 肩にこぼれる 不思議なフィーリン
 キュンと ハートを痛くする

そして何よりの魅力は、ボーカルの伊藤さやかである。彼女のハイトーンヴォイスが絶妙にハマる。矢沢永吉に憧れ、高校1年の時にガールズバンドを組んだ彼女は、オモテではアイドルの顔を装いつつ、ホンネはロックシンガーを目指していた。知らぬは、僕らファンだけだった。

 そうね 女の子
 いくつになっても
 恋した人の プリティ・ベイビー
 毎日 キス・ミー
 いつでもフル・タイム
 見つめて ラブ・ミー・スウィート

アイドルだけど、カッコいい―― そんなキュートな彼女の魅力が生かされた同曲は、伊藤さやか史上最大のヒット曲となる。思えば、それは事務所の巧みな戦略だった。ロック志向の強い彼女に、何とかアイドルに踏みとどまってもらいたいと、盤石の作家陣でギリギリのラインを攻めたのだ。今風に言えば、欅坂46の楽曲の世界観に近いだろうか。ショートボブで同性人気も高かった彼女は、昭和の平手友梨奈と言えなくもない。彼女は早すぎたのかもしれない。

だが―― 事務所の願いもむなしく、伊藤さやかは同曲をテレビはおろか、ライブでも一切歌わなかった。オリジナルアルバムにも収録しなかった。そして以降、急速にロック志向を強める。翌83年2月にリリースされた4thシングルのタイトルは「理由なき反抗」。彼女は髪を立て、マイクスタンドを振り回して歌った。そして同年夏には一ヶ月間ロンドンに滞在し、セルフプロデュースのアルバムを制作する――。

そこから先の僕の記憶はあまりない。

気が付けば、彼女はテレビの露出を減らし、その軸足をライブに移していた。ある日、何気なく音楽雑誌を立ち読みしていると、どこかのライブハウスでエレキギターを掻き鳴らす彼女の写真と記事があった。だが―― 彼女の楽曲がヒットチャートを賑わすことはなかった。

85年、芸名をカタカナの「伊藤サヤカ」に改名。そして翌86年、歌手活動を無期限に停止する。

時は流れ、2012年2月――。フジテレビの『SMAP✕SMAP』のアニメソング特集企画に、伊藤さやかが登場する。そしてレコーディング以来、30年ぶりに「恋の呪文はスキトキメキトキス」を歌った。もちろん、テレビで同曲を歌うのは初めてだった。

 恋の呪文は スキトキメキトキス
 さかさに読んでも スキトキメキトキス
 さすがのためいき スキトキメキトキス
 恋の忍術 スキトキメキトキス

そこには、あの時と変わらない、笑顔の伊藤さやかがいた。子犬のような愛らしい顔、高くて伸びのある声、そしてショートボブ――。

僕は30年ぶりに、もう一度彼女に恋をした。

※2018年10月5日に掲載された記事をアップデート

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