【中原中也 詩の栞】 No.7 「秋の一日 詩集『山羊の歌』より」

こんな朝、遅く目覚める人達は
戸にあたる風と轍との音によつて、
サイレンの棲む海に溺れる。

夏の夜の露店の会話と、
建築家の良心はもうない。
あらゆるものは古代歴史と
花崗岩のかなたの地平の目の色。

今朝はすべてが領事館旗のもとに従順で、
私は錫と広場と天鼓のほかのなんにも知らない。
軟体動物のしやがれ声にも気をとめないで、
紫の蹲んだ影して公園で、乳児は口に砂を入れる。

    (水色のプラットホームと
     躁ぐ少女と嘲笑ふヤンキイは
     いやだ いやだ!)

ぽけつとに手を突込んで
路次を抜け、波止場に出でて
今日の日の魂に合ふ
布切屑をでも探して来よう。

【ひとことコラム】

よく晴れた秋の日は人々の日々の暮らしと溶けあっているように平穏です。〈天鼓〉(妙音を奏でる天から授かった鼓)のような、この世にない美を追い求める詩人は、その平穏さには安住できずに、心の飢えをわずかでも満たしてくれるものを探して、港町をさまようのです。
中原中也記念館館長 中原 豊

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