破壊者か、救世主か、「ポスト・トランプ」に浮上した女性政治家の正体

世界経済・金融の中心、米ウォール街の関係者が1人の政治家の動向に神経を尖らせています。その政治家とは、2020年に迫った米大統領選に向けて民主党の有力候補として急浮上した、エリザベス・ウォーレン上院議員です。

ウォーレン氏は70歳の女性。1949年に米国の南中部にあるオクラホマ州で生まれました。大学などで法律を教えた後、2012年の上院選へ立候補して当選。破産法のエキスパートとして知られ、議員になる前はオバマ政権下で消費者金融保護局の設立にかかわったこともあります。

ウォール街が「ウォーレン・リスク」に敏感になっているのは、同氏の掲げる政策が「大企業やお金持ちに冷たい」と受け止められているからです。どんな政策を掲げていて、金融市場にどのような影響を及ぼしそうなのでしょうか。


女性政治家が持つ“2つの顔”

ウォーレン氏の政策の象徴ともいえるのが、富裕層向け課税です。米国の上位7万5,000世帯に対し、純資産が5,000万ドルを超える部分には年率2%、10億ドル超の部分については同3%の富裕税を課すよう求めています。

これに伴う税収を学生ローンの免除や公立大学の無償化に回すことで、不平等感を解消。麻薬系鎮痛剤のオピオイド薬への依存、いわゆる「オピオイド・クライシス」の対策などにも充てたい考えです。

ウォーレン氏は大企業に対する減税廃止や、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのいわゆる「GAFA」を含む巨大ハイテク企業の解体も提案。銀行と証券の分離を定めたグラス・スティーガル法の復活なども求めています。

同氏の主張はきわめて明快。「クレバーな人物でもあり、『ニューヨークタイムズ』や『ワシントンポスト』などの新聞も好意的に取り上げている」と、ニューヨークに住む経済の専門家は話します。

民主党候補者の指名争いでは、ウォーレン氏の支持率が急上昇。これに対して、最有力候補と目されていたジョー・バイデン前副大統領の支持率が5月以降、急低下しています。政治専門サイトの「リアル・クリア・ポリティクス」によると、各種世論調査の平均の支持率は10月8日に一時、ウォーレン氏(26.6%)がバイデン氏(26.4%)を上回りました。

米国のヘッジファンドのマネージャーは経済専門チャンネルCNBCのインタビューに、「2020年11月の大統領選でウォーレン氏が勝利を収めれば、株式市場の時価総額は25%減少するかもしれない」と答えました。

<写真:ロイター/アフロ>

実は女性版トランプ?

「ウォーレン氏に好意的」とされる「ニューヨークタイムズ」や「ワシントンポスト」といえば、いずれもドナルド・トランプ大統領から「フェイクニュースを垂れ流している」などと敵視されているメディアです。

それだけに、ウォーレン氏の主張はトランプ大統領と相反するものと思われがちですが、実は重なる点も少なくありません。「両者はともに保護貿易主義者」と説明するのは、国内証券のエコノミストです。

トランプ大統領が2017年に米国の離脱を決めた環太平洋パートナシップ協定(TPP)には、ウォーレン氏も反対の立場。「TPPは米国の主権を侵害し、不公平な形で多国籍企業に利益をもたらす」という考えです。「米国は関税を含むすべての貿易政策を見直すべき」との前提で、為替操作などを通じた積極的なドル管理も提唱しています。

ドルの下落を通じて米国企業の競争力を維持しようという発想は、ドル安誘導の可能性をちらつかせるトランプ大統領のスタンスに似通っています。マーケットの関係者からは「ウォーレン氏の掲げる“経済愛国主義”は、トランプ大統領の“米国第一主義”とオーバーラップする面がある」との声も上がります。

「“反中国”という立場では一致している」。前出のニューヨーク在住の専門家はこう指摘します。

市場関係者が過敏に反応する理由

ウォール街に対するウォーレン氏の姿勢をめぐっては、1933年に就任し、世界恐慌後の金融システムの立て直しに取り組んだ当時のフランクリン・ルーズベルト大統領を想起させる、との見方があります。

同元大統領はグラス・スティーガル法の制定を通じて、銀行が過度なリスクを取れないようにしました。証券取引委員会(SEC)も設立し、マーケットの管理を強化。こうした一連の改革が奏功し、失われた金融システムの信頼回復につながった、ともいわれています。

「ウォール街は(同じく有力候補者の)バーニー・サンダース氏と同様、“社会主義者”と見なしているが、それは違う」(米メディア)。ウォーレン氏のアイデアがルーズベルト元大統領の政策をお手本にしているのであれば、「ウォール街が過剰反応している」とみることもできそうです。

もっとも、民主党の候補者が決まるのは2020年7月。まだ、9ヵ月先のことです。「ウォーレン・リスク」を市場が織り込むには、いささか早すぎる感もあります。にもかかわらず、懸念がくすぶるのは、相場全体に高値警戒感が強まっていることの表れなのかもしれません。

© 株式会社マネーフォワード