「1票の格差」訴訟はどうして重要なのか(上) 3倍の7月参院選巡り14高裁が次々判決、最高裁へ

By 竹田昌弘

 7月の参院選では、議員1人当たりの有権者数が福井県選挙区は約32万3千人なのに対し、宮城県選挙区は約97万1千人。1票の投票価値に最大3倍もの開きがあった。この「1票の格差」を巡り、二つの弁護士グループが「法の下の平等」を定めた憲法14条1項などに反するとして選挙の無効を求め、全国14高裁(6支部含む、選挙の効力に関する訴訟は一審高裁)に提訴した。最初の判決として注目された16日の高松高裁判決では、格差3倍は「違憲状態」と判断された。半世紀以上続く1票の格差訴訟の経過をたどりながら、どうして重要なのかを論じる。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

米最高裁判決の記事読み、司法修習生が思いつく  

 戦後、新憲法に基づき、国政選挙がスタートしたときの1票の格差は衆院選が1・51倍、参院選は2・62倍だったが、経済成長とともに、地方から都市部へ人口が移動し、次第に広がっていった。1962年3月、米連邦最高裁が「法の平等な保護」を定めた米国憲法修正14条に基づき、立法府任せにしていた投票価値の不平等を司法審査の対象とするという判決を出した。当時司法修習生で後に弁護士となる越山康さん(2009年11月死去)は、米連邦最高裁判決を伝える記事を読み、1票の格差訴訟を思いついた。この誕生秘話は、越山さんの薫陶を受けて一緒に格差訴訟を続け、越山さんが亡くなった後も引き継いできた弁護士の山口邦明さんが共同通信の取材に明かした。山口さんは「国民の意思が国会に反映されていない。代表民主制の根幹が崩れている」と語っている。

7月参院選の「1票の格差」を巡り、東京高裁へ提訴後、記者会見する山口邦明弁護士(中央)ら=7月26日、東京・霞が関の司法記者クラブ

  越山さんの最初の提訴は、最大格差が4・09倍に上った1962年7月の参院選。最高裁大法廷(長官と判事計15人全員で審理する)は64年2月の判決で、次の二つの判断の枠組み(基準)を示し、越山さんの上告を退けた。

 ▽憲法は43条2項と47条で、両院議員の定数や選挙区、投票方法などは法律で定めるとしていることから、選挙に関する事項は原則として国会の裁量的権限に任せている。

 ▽人口比例の定数配分は、憲法が定める法の下の平等からいって望ましいが、例えば、参院は3年ごとに半数改選なので各選挙区の議員数は最低2人とするなど、人口比例以外の要素を考慮することも許される。人口比例でないことだけで憲法14条1項に反し無効と断じることはできない。

1983年衆院選「1票の格差」訴訟で、最高裁が違憲判決を下し、記者会見する原告の越山康弁護士(中央)=1985年7月17日

 違憲状態を指摘、合理的期間内に是正しないときに違憲と認定

 越山さんたちは提訴を続け、最高裁が大きく動いたのは、最大格差が4・99倍に達した72年12月の衆院選に対する76年4月の大法廷判決だった。新たな判断の枠組みとして、次の三つを示し、これらは現在も踏襲されている。

  ①憲法は投票価値の平等を要求している。人口比例以外の要素を考慮しても、投票価値の不平等が合理的とは到底考えられない程度に達したときは、国会の裁量は限界を超え、憲法の要求に反する状態(違憲状態)といわざるを得ない。 

 ②ただ制定時に合憲の法律が、その後の事情の変化で合憲性を欠いた場合であり、直ちに憲法違反とするのではなく、国会が合理的期間内に是正しなかったときに憲法違反と認定する。 

 ③選挙を無効としても、直ちに違憲状態は是正されず、無効とされた選挙区の議員がいないまま法改正が行われるなど、かえって憲法の予定していない結果が生じる。行政事件訴訟法の「事情判決の法理」(行政処分が違法の場合でも、取り消すと公の利益に著しい障害が生じ、一切の事情を考慮しても公共の福祉に適合しないときは、取り消さないことができる)を適用し、選挙は無効としない。 

 大法廷は72年衆院選にこれらを当てはめ、まず最大格差4・99倍は①の違憲状態と指摘。公選法は5年ごとの国勢調査の結果で区割りなどを更正すると規定しているのに、8年余りも改正されず、②の合理的期間に是正されなかったとして、憲法違反と認定した。判決は主文で「選挙は違法」と宣言し、③の事情判決の法理を適用して選挙は無効とせず、越山さんたちの請求を棄却した。 

 当時与党の自民党は、人口比例より多くの定数が配分されていた地方の選挙区で強く、結果的に多くの議席を獲得していた。そのため、投票価値の平等に向けた改革が進まず、山口さんが言うように、国民の意思、とりわけ都市部の有権者の意思が国会に反映されないという、憲法上の問題があったため、司法が違憲立法審査権に基づき、立法府を構成する国会議員の選挙制度に初めて切り込んだ。

 衆院選、中選挙区時代は最大格差3倍がボーダーライン

 しかし、国会は75年に定数を20増やし、1票の格差を最大2・92倍とする改正公選法を成立させていたため、大法廷判決を受けて何もしなかった。80年6月の衆院選では、最大格差が3・94倍となり、大法廷は83年11月の判決で、違憲状態と警告したが、田中角栄元首相に実刑の一審判決が下され、同月に衆院が解散されたことから、翌月の総選挙は違憲状態のまま行われた。 

 83年12月の衆院選は最大格差4・40倍で、85年7月の大法廷判決では、再び憲法違反と認定された。これに対し、国会は8増7減の定数是正を行い、最大格差は2・99倍に縮小した。その後3回の衆院選で、大法廷は最大格差2・92倍と2・82倍を合憲とし、3・18倍は違憲状態と判断したことから、当時は3倍が合憲・違憲のボーダーラインになっていたとみられる。 

 ここまでは中選挙区時代。非自民細川政権による政治改革で、96年10月の衆院選から小選挙区比例代表並立制に変わると、300の小選挙区で最大格差は2・5倍を超えなくなり、合憲判決が3回続いた。ところが、民主党へ政権交代した2009年8月と自民・公明両党が政権を奪還した12年12月、安倍政権による最初の解散に伴う14年12月の3回の衆院選はそれぞれ最大格差が2・30倍、2・43倍、2・13倍だが、最高裁はいずれも違憲状態と宣言する。

 「1人別枠、憲法が要求する投票価値の平等と相容れず」

 何があったのか。09年衆院選に対する11年3月の大法廷判決を読むと、まず小選挙区の定数配分で、各都道府県にあらかじめ議員1人を配分してきた「1人別枠方式」について、大法廷は新たな選挙制度導入に当たり、人口比例の配分で定数の急激、大幅な減少となる人口の少ない県に配慮した制度とし「投票価値の平等という憲法の要求とは相容れない」「投票価値の格差を生じさせる主要な原因」と指摘。1人別枠方式が合理的と是認される期間には、おのずと限界があり「遅くとも(最初の選挙から10年以上経過した)09年衆院選では、もはや合理性は失われている。速やかに廃止すべきだ」との判断が示されていた。 

 大法廷は1人別枠方式が廃止されれば、小選挙区比例代表並立制を定める改正公選法と同時に成立した衆院議員選挙区画定審議会設置法(区画審設置法)で最大格差は2倍未満にすると定めているのだから「この趣旨に沿って区割り規定を改正するなど、投票価値の平等の要請にかなう立法的措置が必要」として、今後は2倍未満が合憲・違憲のボーダーラインとの考え方を事実上明らかにした。

 1人別枠方式を含む定数配分は違憲状態と認定しつつ、07年6月の前回大法廷判決では合憲と判断していることから、合理的期間内に是正されなかったということはできないと結論付けた。 

 国会は11年3月の大法廷判決を受け、1人別枠方式を定めた区画審設置法の規定を削除し、定数を0増5減とする法改正を成立させたものの、施行前で区割りも変更されないまま、衆院が解散され、12年衆院選は09年と同じ区割りで実施された。しかも、最大格差は2・43倍に拡大していた。12年の衆院選後、国会は0増5減に加え、最大格差が1・998倍となるよう、17都県計42選挙区の区割りを変更。14年衆院選はこの区割りで行われたが、その後の人口変動で最大格差は2・13倍となっていた。 

升永弁護士グループ提訴、ボーダー2倍未満変更に影響

 13年11月と15年11月の大法廷判決では、最大格差が2倍を超えた12年と14年の衆院選を違憲状態とする一方で、是正のための合理的期間について「期間の長短のみならず、是正措置の内容や必要な検討事項などの事情を総合考慮し、国会の是正実現に向けた取り組みが司法判断を踏まえたものとして相当か否かという観点から評価すべきだ」という新たな判断の枠組みが示された。大法廷は12年衆院選について、法改正が成立していたこと、14年衆院選は区割り変更時に2倍未満だったことなどをそれぞれ評価し、どちらも合理的期間内に是正されなかったとはいえないとした。

 最大格差が1・98倍となった直近の17年10月の衆院選に対しては、大法廷が18年12月の判決で、2倍未満に縮小したことや定数配分に都道府県の人口比が反映しやすい「アダムズ方式」の導入が決まったことなどから「違憲状態は解消された」として、合憲の判断を下している。 

 最高裁が合憲・違憲のボーダーラインを2倍未満に変えたのは、1人別枠方式の追放と区画審設置法の規定が大きいが、筆者は09年の衆院選から、新たにLED発明対価訴訟など多くの知的財産訴訟を手掛けてきた弁護士の升永英俊さんや、司法試験などの受験指導校「伊藤塾」塾長の伊藤真さんらのグループが提訴を始めたことも影響しているとみている。

7月21日の参院選投開票翌日、選挙無効を求めて東京高裁へ提訴に向かう弁護士ら。前列中央が升永英俊さん、右が伊藤真さん=7月22日、東京・霞が関

 升永さんのグループは「1人1票」を訴える。例えば、格差3倍の選挙区だと、有権者は0・3票しかなく、1千万人で実質300万票余りにとどまる。選挙区という住所ではなく、性別で男性1票、女性0・3票だったら、不正義は明らかだ。少数の有権者で国会の過半数を選んでいる可能性があると主張する。2倍は四捨五入すれば1票となる0・5票。最高裁は、衆院選では、2倍未満の確保が最低限必要と考えているのではないか。(続く)

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