当事者の学び、私たちの学び

7年前にアルツハイマー型認知症と診断され、今も一人暮らしを続けてらっしゃる方のお話しをお聞きする機会がありました。

様々なご苦労をされながらもいろんな工夫をすることで日々を生活されており、その経験から学ばせてもらうことがとても沢山ありました。

「私の頭が生きている間に生活しやすくはならないかもしれないけど、次の世代でお一人暮らしの方が生活しやすい社会になるようお役に立てれば」とおっしゃっていて、ご本人の許可を得て、その学びをここで共有します。

 

まず困るのは「移動」。

知っているところも新しい道に見えるので、歩いて数分で近所の友人宅に行って、帰りに油断していると家にたどり着くのに数時間かかることもある。
外出時は首からヘルプカードを下げていて「認知症本人です」と書いており、困ったらすぐ人に聞くようにしている。でも、街中では話しかけづらいことも多く、話しかけても無視されることもある。夏は日傘をさしていて顔が見えずに困ることもある。

 

乗り物に乗るのが怖い。

主にバスを使い、乗車時に運転手さんにヘルプカードを見せ、降りる駅になったら声をかけてくれとお願いするようにしている。同時に複数の人が乗るときはSuicaのタッチに自信がないことがあり最後に乗車するが、乗車後運転手に近づこうとすると「出発するから席に座るように」と言われて話が出来ず、結果的に乗り過ごすことがある。
電車は駅の中が広くて迷うし、運転手に話しかけることもできないので利用できない。

 

次に「調理」について。

鍋を焦がしても買い替えなくていいように鉄鍋を買ったが、ふと掴んでしまって火傷することがしばしば。自分でもなぜ触ってしまうのかわからない。総菜も売っているし簡単調理ができるものも売っているが、それに慣れてしまうと、頭を使わなくなって認知症が進むのではないかと心配。火傷は治るので、構わない。それより頭を維持したい。

 

「記憶ノート」

小さいメモと鉛筆を持ち歩いていて、すぐにメモを取る。一日にこのメモが数十枚になり、寝る前にこのメモをまとめ「記憶ノート」を作る。記憶ノートには色違いに沢山の索引がついていて、あとで思い出しやすいようにしている。

 

などなど、生活のいたるところにご苦労と工夫がありました。
実は今回お話をお聞きするにあたって会の趣旨を簡単にお伝えしていたのですが、その少ない情報と記憶ノートを元に事前に会の参加者を予想されていて見事的中!
「いらっしゃると思って名前をメモしてました」と言われたときは、本当にびっくりしました。

「前はそんなによく気がつく方じゃなかったんだけど、最近はちょっとしたことに気がつく。一部の力が落ちたことで、今までなかった機能が新しく生まれたのかもしれない。認知症って失われるものだけじゃない。新しいことでも時間はかかるけどできる。」とおっしゃっていたことは、多くの認知症の人に希望を与え、認知症と診断されることへの恐怖を和らげると思いました。

海外や先進地域で言われていることではありますが、やはり当事者からの学びは大きかったです。今後も認知症の人とともに認知症フレンドリーシティについて考えていき、ぜひ「この方の頭が生きているうちに」認知症とともによりよく生きる地域を実現したいと強く思いました。

(冒頭の写真は編集部が掲載したイメージです。今回の方とは関係ありませんのでご留意くださいませ)

内田 直樹

医療法人すずらん会たろうクリニック(福岡県福岡市東区)院長、精神科医、医学博士。福岡大学医学部精神医学教室講師を経て2015年より現職。日本老年精神医学会 専門医・指導医、福岡市在宅医療医会 理事、日本在宅医療連合学会 評議員、認知症の人と家族の会福岡支部 監事、日本精神神経学会 専門医・指導医、認知症未来共創ハブ サポーター、精神保健指定医。著書「認知症の人に寄り添う在宅医療」(出版社: クリエイツかもがわ)

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