「台風のことならピエール(・ガスリー)に聞くと良いよ。レッドブル内じゃ彼は『台風を呼ぶ男』と呼ばれているからね」
超大型台風の直撃が確実視され懸念されていたF1第17戦日本GPを前に、ダニール・クビアトはそう言ってガスリーの方を指さした。
一昨年のスーパーフォーミュラ最終戦、昨年の日本GPとガスリーが鈴鹿に来ると台風がやってくる。そして今年でもう3回目だとガスリー自身も苦笑いする。
土曜日がキャンセルになり、金曜FP1を山本尚貴に譲ることになっていたガスリーとしてはFP2の90分だけで日曜朝の予選に臨むことになった。それは木曜の時点で予想されていたことだったが、以前とは違い精神的な安定を取り戻しているガスリーは笑顔でそれを受け容れてどっしりと構えていた。
「もちろん理想的ではないよ。でもナオキには楽しんでもらいたいし僕に謝る必要なんてないって言ったよ。僕としてはどうせなら金曜が雨になって全員が日曜朝に初めてドライで走るというぶっつけ本番になってくれた方が良いけどね。それならみんな同じところからスタートすることになるわけだからね」
しかし金曜はドライコンディションになり、トロロッソは鈴鹿に持ち込んできた改良型のフロントフラップとフロアのテストを行なった。
FP1でクビアト車に装着し、旧型の山本とデータの比較を行なってその効果を見る。そのため2台のマシンで共通の状態に保つ必要があり、マシンのベースセットアップを大きく変えることはできず、アンダーステア傾向が強い状態のまま走らなければならなかった。
これはF1実車初ドライブの山本にとっては厳しい状況だったが、それでもクビアトと0.098秒差というタイムを刻み、タイヤの差があったとは言え、充分に新旧パーツの比較が可能なレベルの走りを見せてくれたとテクニカルディレクターのジョディ・エジントンは高く評価した。
「FP1はまだ路面コンディションが良くなかったこともあってマシンはアンダーステア傾向が強かった。その空力面とメカニカル面の問題は分かっていたが、我々は今回フロントウイングとフロアを持ち込んでいてダニーのマシンにそれを装着し2台で比較テストのためのデータ収集を行なっていた」
「だからどうすればアンダーステアが解消できるかは分かっていたんだが、データ収集のために2台を出来るだけずっと同じ状態で走らせ続ける必要があったんだ。だからセットアップ変更はほとんど行なわずに走り続けてもらったが、そんな中でも彼はよくやってくれたと思うよ」
そんな事情もあってFP1では16番手・17番手と下位に留まったが、FP1からFP2に向けてセットアップを変更し挙動を改善したことで大きく戦闘力が向上し9番手・12番手。Q3進出まで0.1秒以下の差だったここ数戦と同じくポイント圏を争う力があるというところを証明してみせた。
ここ数戦でクビアト車にばかり続いていたトラブルも、今回は全く起きなかった。ラジエターや燃料ポンプ、ICEとそれぞれ異なるトラブルであり偶然としか言いようのない出来事だったが、チームとしては成長しトラブルの数自体は昨年に較べて明らかに減っているのだとエジントンは語る。
「起きたトラブルはそれぞれ個別のもので関連性はないし、チームクルーの作業にも問題はなかった。我々としても調査はしているが、ハッキリ言ってしまえばダニーのクルマだけにトラブルが集中してしまった原因は分からない。私も20年以上この世界で仕事をしているが、レースでは時々そういうことが起きるし、それは運という言葉で片付けるほかなかったりする。なぜかそういう流れのようなものがあったりするんだ」
「実は去年も表には出ていなくても細かなトラブルなどは多々あったんだ。しかし今年は全体を通してみればトラブルの数は格段に減っているし、今もチーム全員で改善すべく努力しているし、実際にチームとして進歩できていると思うよ」
昨年の日本GPでは予選で6番手・7番手という好結果を手にしたが、予選パフォーマンスを意識しすぎたあまりタイヤには厳しいセットアップとなってしまい、決勝ではズルズルと後退する失態を演じてしまった。
しかし今年はその反省を生かしてしっかりとマシンを仕上げ、さらには中団グループのレーシングポイントやルノーを抑えながら上位を走るガスリーをクビアトが第1スティントを長く引っ張って後続を抑え込みアシスト。マシンセットアップ面でもレース戦略面でも1年前とは見違えるような進歩を見せた。
「金曜のFP1で走れなくて、FP2が唯一の走行セッションという中で予選を迎えて、鈴鹿みたいな難しいサーキットでそれは簡単なことではなかったけど、やるべきことはすべてやってマシンもしっかりと仕上げて本来あるべき場所につけることができたわけだからね」
「準備としては理想的な時間があったわけではないけど、FP2で9番手、予選で9番手、そして決勝では8位になれた。トロロッソにとってはここまでで最も完璧なレース週末だったと思う。それに毎週末どんどん良くなって行っているし、僕自身もエンジニアとの共同作業の進め方やレース週末の中でマシンをどう改良していくかといったようなところが進歩しているからね。そういうポジティブなところが今後のレースでも生かせればと思っているよ」(ガスリー)
2015年にF1に復帰して以来、ホンダは鈴鹿で一度もポイントを獲得することができなかった。
今年はレッドブルと組んだからこそ簡単にその記録を塗り替えることができたが、レッドブルだけでなくトロロッソもこうしてしっかりと8位入賞を果たすことができたという事実が、チームとホンダの進歩をはっきりと表わしていた。
実際、今チームは59ポイントでランキング6位。5位77点のルノーと7位54点レーシングポイントとランキング5位を争う位置につけている。
鈴鹿に持ち込まれたアップデートの効果はラップタイムにして0.1秒程度だったというが、その0.1秒が大接戦の中団グループの中では大きな意味を持ち、そのマージンが予選と決勝のバランスというマシンセットアップ面での余裕をもたらしてくれる。
トロロッソはすでに来年に向けてマシン開発をシフトしているが、今季残り4戦でもまだアップデートは持ち込むという。それが来季型マシンの実戦テストにもなるからだ。後半戦に入り、トロロッソの進歩はより着実に明確にかたちになりつつある。