あの人を山で元気にしたい!インドア女子が1年で剱岳に登るまで〜初登山への道のり編〜 あなたの周りに「登山に連れて行きたい」と思っている人はいませんか?私は約1年前、山と無縁のインドア女子を登山に誘い、つい先日ふたりで剱岳への登頂を果たしました。「キツそう」「危なそう」「そもそも登山の何が楽しいの?」などの、誘われる側のハードル。「安全に連れていけるか」などの誘う側のハードル。私たちの1年の登山遍歴を通して、様々な不安や課題をクリアするヒントを見つけて頂ければ幸いです。

「山は元気をくれる場所」だからあの人を連れていきたい

初めまして、鷲尾太輔と申します。登山ガイドや登山教室の講師をやりながら、たくさんの人が登山を楽しむための情報発信も行っています。
学生時代は山岳部に所属し前職もツアー登山関係と、人生の半分以上が山と縁の深い生活です。

そんな私は約1年前、山と無縁だった知人を登山に誘い一緒に山に行きました。そして、ついに先日ふたりで彼女の目標であった剱岳への登頂を果たしたのです。

「人を登山に誘う」に潜むハードルとは?

登山をしている皆様ならおわかりかと思いますが、登山に興味がない人を山につれていくには越えなくてはならないハードルがあります。

・誘われた側(登山未経験者)の「キツくて危ない?」「何が楽しいの?」という不安
・誘う側(登山経験者)の「安全に」「楽しく」登山に連れて行けるかという課題

そんなハードルをひとつひとつ乗り越えてきた私たちの1年の登山遍歴を通じて、あなたの大切な「あの人」を登山へ誘う“ヒント”を見つけて頂ければ幸いです。

山で元気にしてあげたい人との出会い

私は、約1年前に仕事を通じて知り合ったインドア女子・齋藤さんを登山に誘いました。当時の彼女は仕事のストレスで精神的に疲弊しており、休みの日も家に閉じこもっているばかりという状態。

見るに見かねた私は、何とか彼女を山で元気にしてあげたいと思ったのです。

齋藤さんの証言

当時の私は「うつ病」を患っており、外に出ると言う行為自体が億劫でした。何とか気分転換のために外出したりもしましたが、気が紛れるどころか余計に気が滅入りました。

出かけたところで、気分は晴れない、疲れるだけ。
「どこに出かけても一緒だろう」と諦めていました。

私も「山」に救われた一人だった

なぜ齋藤さんを山に誘ったかと言うと…私自身、彼女ほど追い詰めれた状況でないにせよ「山」で過ごすことに救われた経験があったからです。

小学校・中学校を地元の公立校で過ごした私は、大学付属の私立高校に進学。良くも悪くもお坊ちゃんの多いこの学校の雰囲気に馴染めず、教室の中では浮いた存在になってしまいました。

そんな私の唯一の救いだったのが、入部した山岳部で過ごす時間。週末の度に出かける山行はテント泊装備を背負ってのハードなものでしたが、一心不乱に山頂を目指す行為は平日の教室での“モヤモヤ”を忘れさせてくれました。昼休みのお弁当ですら、教室から逃亡して部室で食べていたことを覚えています。

山と出会っていなければ、きっと学校からドロップアウトしていたでしょうね。

山に興味を持ってもらうために…きっかけは「ファッション」

当時の齋藤さんは、登山はおろかキャンプやバーベキューなどのアウトドア的な趣味とは正反対のアニメ鑑賞やコミック好きな根っからのインドア女子。山で元気になって欲しいと言うのは、この段階では私の一方的な想いに過ぎません。
さあ、この強敵をどう攻略しましょう。

やっぱり「ファッション」は女性共通のキーワード!?

そこで私は「女性だからショッピングは好きなのでは」と思い、都内では比較的大規模なアウトドアショップに、彼女を連れて行きました。様々な山道具を見せて登山のあれこれを知ってもらうつもりでしたが、私の予想外の方向で彼女はこのショッピングを楽しんでくれたのです。

そのキーワードは「ファッション」。彼女は元々、洋服やそのコーディネートが大好きでした。今から思えばブランド毎にコーナーが設けられているこのお店に連れて行ったのは大正解で、各ブランドのコーナーを楽しそうに巡り、自分好みの山スカートやウィンドブレーカーをチェック。

そして、数日のうちにお気に入りのブランドのウェブサイトをチェックして直営店に足を運び、お気に入りの「山コーデ」を買い揃えてしまいました。
せっかく購入したウェアを山で着てみたい…そんな状況を彼女は自分で作りだしたのです。

齋藤さんの証言

私は、洋服は着るだけでなく身に付けて出かけないと完結しないと思ってます。

アウトドアウェアはこれまでとは違うテイストやブランドでしたが、洋服を選んだり試着しながら「どこに着て行こうかな?」と考えたりする楽しみを久しぶりに思い出しました。

自然と「これを山で着てみたい」と言う気持ちになったのです。

「誘う側」の責任は…安全への配慮としっかりとした計画!

登山に誘う側としてもっとも配慮したのは、登山初心者である斎藤さんの安全。そのために行った2つのことをご紹介します。

①安全な登山のためのプレゼント

そんな彼女が登山を始める記念に私がプレゼントしたのは「ヘッドランプ・レスキューシート・応急セット」でした。

登山靴・ザック・雨具のいわゆる三種の神器やウェアは個人の好みもありますし、これらはビギナーが自発的には購入しない、しかし安全登山に必須なアイテムだからです。

②登山に必要な準備は念入りに

また、高低表や概念図やタイムスケジュールを「しおり」の様に作成し、保険や登山届についても教えました。

状況次第では危険で救助にも時間がかかる「登山」に誘う以上、これは曲がりなりにも経験者である側の最低限の責任だと思います。

責任感は伝わらなかった…。それはなぜ?

後日話をしたところ、彼女からは予想もつかなかった言葉が。

齋藤さんの証言

登山知識ゼロの私からすると、プレゼントされたグッズもしおりの内容も「ありがたいけど、何コレ?」と言う感想しか持ちませんでした。

当時の私には、山での“万が一”の事態を思い浮かべる発想すらありませんでしたからね。

これを聞いて私が「失敗だった」と思ったのは、プレゼントしたアイテムや高低表の必要性をきちんと説明しなかったこと

“登山は危険”と言うイメージを抱かれないために余計なことは伝えず「とりあえずザックに入れておいて」と言いましたが…。

・救急車がすぐに来ることのできない山の中での「万が一」への備えの必要性
ルートやタイムスケジュールなど予め計画を立て「山をイメージする」重要性

と言うこれらの準備の意味と目的をもう少しきちんと説明すべきだったかもしれませんね。

初登山は大成功!五感をフル稼働して自然を満喫

彼女を初めて連れて行ったのは奥多摩・御岳山でした。ケーブルカーを利用することで標高差が少なく、天候や体調に問題があれば引き返すことのできる往復ルートを設定できる山です。

御岳山での彼女を見て、私はすごく驚きました。遠い昔の山岳部の新入部員はともかく、これまで時折ガイドでご案内したお客様は「登山に興味がある」「既に登山を楽しんでいる」人ばかり。
レンゲショウマの花を慈しむようにそっと触れる姿。残暑厳しい都会とは違う涼しく爽やかな風を感じる姿。杉の巨木や苔むした岩に掌を当てて何かを感じ取ろうとする姿。野鳥のさえずりや虫の声に耳を澄ませる姿。渓流のせせらぎに手をひたして水の冷たさに驚く姿…。
ほぼ初めての登山で五感や全身で自然を楽しんでいる姿は、今でも忘れられません

齋藤さんの証言

何でも自分で体験してみないと分からないって本当だな、と痛感しました。自分の目で見た景色、感じた空気、触れた自然の全てが心地良かったです。

たくさんの生命の力があるな、自然って凄いな、ずっとこの場所で生命を育んでいるんだな、と様々な感動がありました。
自然の生命力を深呼吸して感じた時間は、とても素敵な経験になりました。

とりあえず初登山は成功!?さあ、次はどうする…

こうして、齋藤さんは初めての登山を思う存分満喫してくれました。そして半月もしないうちに「次はどの山に連れて行ってくれるの?」の催促が…!
・根っからのインドア女子が、一緒に登山に行ってくれた
・しかも、その登山で自然を全身で感じて、楽しんでくれた__
ことに、まずはひと安心。
でも、ここから先も「飽きずに」「嫌にならずに」登山を楽しんでもらうためには、どんな工夫が必要なのでしょう。これは、私にとっても未知の領域。
その後の私たちのあゆみを、これから半月に一度のタームで連載していきます。ぜひ、ご愛読をお願いします!

ライタープロフィール:鷲尾 太輔

(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイド
高尾山の麓・東京都西部出身ながら、花粉症で春の高尾山は苦手。得意分野は読図とコンパスワーク。
ツアー登山の企画・引率経験もあり、登山初心者の方に山の楽しさを伝える「山と人を結ぶ架け橋」を目指しています。

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