国会と最高裁が「キャッチボール」 「1票の格差」訴訟はどうして重要なのか(中)

By 竹田昌弘

 「1票の格差」が最大3・00倍だった7月の参院選(選挙区)を巡る訴訟で、28日までに判決を言い渡した3高裁のうち高松、札幌両高裁が「違憲状態」と判断した。最高裁が「合憲」とした前回参院選の3・08を下回ってはいるものの、定数是正で取り繕う国会に対し、2高裁は憲法の趣旨を尊重した抜本的改革を求めた。(中)では、まず果敢な判決が出るようになった高裁の変化を考察し、(上)の衆院選と異なる判断の枠組みで続いてきた参院選の訴訟をたどり、1票の格差訴訟の重要さを確認したい。(共同通信編集委員=竹田昌弘) 

全高裁に提訴、競い合うように

 越山康さんの遺志を継いだ山口邦明さんたちの弁護士グループに加え、2009年8月の衆院選から、升永英俊さんたちの弁護士グループも格差訴訟を起こしている。しかも10年の参院選以降は、全国14高裁(本庁8、支部6)全てに提訴していることから、元裁判官は「高裁の裁判官は他の高裁と内容を比較されるので、競い合うように判決を書いているのではないか」とみる。 

 例えば、二つの弁護士グループが14高裁に計16件の訴訟を起こした12年12月の衆院選は最大格差2・43倍で、高裁の判決は「違憲状態」2件、「違憲」12件、「選挙無効」2件に分かれた。事情判決の法理を適用せず、訴訟の対象となった小選挙区の選挙を無効とする判決は13年3月25日、広島高裁が一連の格差訴訟で初めて言い渡し、翌日には、広島高裁岡山支部も続き「(国会の対応は)怠慢であり、司法の判断に対する甚だしい軽視」と指弾した。12年衆院選は、最高裁が「違憲状態」と指摘した最大格差2・30倍の前回09年衆院選と同じ区割りで実施されたことから、さすがに「合憲」の判決はなかった。最高裁は高裁に尻をたたかれるような形で「違憲状態」の判決を出した。 

「1票の格差」訴訟で初めて選挙無効と判断した広島高裁判決のニュースを伝える大型モニター=2013年3月25日、大阪・阪急梅田駅

衆院選と異なる制度、参院選は判断の枠組みも別に

 ここから参院選の訴訟を振り返ると、越山さんが初めて提訴した1962年参院選の最大格差は4・09倍。最高裁大法廷は64年2月の判決で「違憲問題を生じるとは認められない」と判断し、選挙に関する事項は原則として国会に裁量的権限があることや参院は3年ごとに半数改選なので各選挙区の議員数は最低2人とするなど、人口比例以外の要素を考慮することも許されることを確認した。 

 さらに最大格差が5・26倍となった77年参院選を「合憲」とした83年4月の最高裁大法廷判決では、64年の判決を補い、次のような参院選訴訟の判断の枠組みを示す。 衆院選訴訟と異なり、事情判決の法理には言及していない。

 (1)憲法は投票価値の平等を要求している。しかし、国会議員の選挙は国会の極めて広い裁量に委ねているので、投票価値の平等が唯一、絶対の基準ではなく、国会は他の目的、理由をも考慮し、選挙制度の仕組みを決定できる。その裁量権の行使が合理的である限り、投票価値の平等が損なわれてもやむを得ない。 

 (2)憲法が二院制を採用し、両院の権限や任期などに差異を設けている。どちらも全国民の代表だが、参院議員には代表としての実質的内容や機能に独特の要素を持たせようという意図から、衆院選と異なる選挙制度となっている。選挙区は都道府県を歴史的にも政治的、経済的、社会的にも独自の意義と実体を持つ一つのまとまりととらえ、住民の意思を集約的に反映させようとしたものと考えられる。こうした選挙制度の仕組みが合理性を欠くものでなければ、国会の裁量権の範囲内であり、議員1人当たりの有権者数に格差が生じても、直ちに憲法14条1項などに違反して選挙権の平等を侵害したものとすることはできない。 

 (3)人口の変動によって、到底看過できない程度の投票価値の著しい不平等状態(違憲の問題が生じる程度の著しい不平等状態=違憲状態)が生じ、それが相当期間継続しているのに、是正する何らの措置をも講じず、国会の裁量権の限界を超える場合には、憲法違反と判断すべきである。 

定数と有権者数の「逆転現象」も放置

 77年参院選当時の議員定数は、北海道選挙区の8人に対し、有権者の多い大阪府選挙区が6人、神奈川県選挙区も4人にとどまる「逆転現象」まで起きていたが、最高裁は(1)(2)の枠組みにより合憲とした。谷口正孝裁判官は逆転現象について「違憲状態」と指摘する意見を付け、国会に是正を求めた(最高裁裁判官の個別意見には、多数意見に加わった裁判官が付け加える「補足意見」、多数意見と結論は同じだが、理由が異なる裁判官による「意見」、結論も理由も多数意見と異なる裁判官による「反対意見」の3通りがある)。

 参院選の最大格差は80年5・37倍、83年5・56倍、86年5・85倍と広がり続けた。最高裁は80年代の衆院選訴訟で「違憲」や「違憲状態」の判決を出したが、参院選はとりわけ(2)の枠組みで合憲判決を繰り返した。 国会は参院選の格差や逆転現象を放置したままだった。

最大格差6・59倍、参院選初の「違憲状態」

 そして最大格差が6・59倍にも達した92年の参院選に対し、最高裁は96年9月の大法廷判決で、ようやく投票価値は到底看過することができない程度の著しい不平等状態に至っていたとして、参院選では初めて「違憲状態」と宣言した。一方の国会は93年12月の大阪高裁判決で「違憲状態」と指摘されたことなどから、94年に8増8減の定数是正を参院選で初めて行い、既に最大格差は5倍を下回り、逆転現象も解消されていた。大法廷は最大格差5・85倍の86年参院選から6年の間に違憲状態に達したものの、92年参院選までに違憲状態との判断を示したことはなく、(3)の枠組みに基づき、国会の立法裁量権の限界は超えていないとして、憲法違反と判断しなかった。 

最大格差6・59倍となった1992年参院選訴訟の大法廷判決に先立ち、最高裁に入る原告と代理人弁護士ら=1996年9月11日、東京都千代田区

 参院選はその後、合憲・違憲のボーダーラインが最大格差6倍未満と言われ、国会は2度目の定数是正(4増4減)も行い、最大格差は5倍前後で推移した。このため、再び合憲判断が相次ぐが、2001年、04年、07年の参院選にそれぞれ対応する04年1月、06年10月、09年9月の大法廷判決で、最高裁は国会に対し、投票価値の不平等を是正する不断の努力を求めたり、都道府県単位の選挙制度見直しを促したりした。

「都道府県単位、漫然と維持なら違憲判断」と補足意見 

 04年1月の判決では、亀山継夫裁判官ら4人が補足意見を付け「(国会の裁量権は)憲法が裁量権を与えた趣旨に沿って、適正に行使されなければならない」「投票価値の平等が大きく損なわれている状況の下で、選挙区として都道府県を唯一の単位とする制度の在り方自体を変更しなければならないことは自明のこと」「漫然と現在の状況が維持されたままであったとしたならば、立法府の義務にかなった裁量権の行使がなされなかったものとして、違憲判断の余地は十分に存在する」と指摘した。最高裁関係者は「4人は行政改革や経済構造改革、司法制度改革などで既得権に次々とメスが入っているのに、国会は既得権に汲々とするのかと考えたのではないか。とても説得力があり、その後の最高裁はもちろん、高裁の裁判官も参考にしたのではないか」と評価する。 

亀山継夫裁判官ら4人の補足意見が付いた、2004年1月14日の判決が言い渡された最高裁大法廷=東京都千代田区

枠組み変更、2度続けて「違憲状態」

 最大格差5・00倍で迎えた10年の参院選は、升永さんたちの弁護士グループが加わり、訴訟は全14高裁に拡大。高裁判決17件のうち「合憲」は5件にとどまり、9件が「違憲状態」、3件は「違憲」と判断した。 

 最高裁大法廷は12年10月の判決で、▽選挙制度は国会の裁量に委ねられているが、制度と社会の状況変化を考慮する必要がある、▽参院選と衆院選は同質的な選挙制度になってきている、▽参院選であること自体から、直ちに投票価値の平等が後退してよいという理由は見いだし難い、▽都道府県を選挙区の単位としなければならない憲法上の要請はなく、むしろ都道府県を選挙区の単位と固定する結果、投票価値の大きな不平等状態が長期にわたって継続している―と指摘し、判断の枠組み(2)を事実上変更。「違憲状態に至っていた」と断じた。 

 その上で、選挙制度の見直しには相応の時間を要することや、参院で選挙制度の改革に関する検討が続いていることなどを考慮し、国会の裁量権の限界を超えているとはいえないとして、大法廷は違憲判断は回避しつつ「単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず、都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式を改めるなど」の立法的措置を強く求めた。 

 ところが、国会はまたもや4増4減の定数是正しか行わず、13年参院選の選挙区は都道府県単位のままで、最大格差は4・77倍だった。これに対する14年11月の最高裁大法廷判決は当然「違憲状態」と認定し、都道府県単位の選挙区を維持しながら投票価値の平等の実現を図るのは「もはや著しく困難な状況」と指摘した。ただ4増4減の改正公選法の付則では、16年参院選に向けて選挙制度の見直しを引き続き検討し、結論を得るとしていることなどから、またもや違憲判断をしなかった。 

2010年参院選訴訟の判決を受け、最高裁前で「違憲判断」と書かれた紙を掲げる升永英俊弁護士(中央)のグループ=2012年10月17日、東京都千代田区

抜本的改革からは程遠い状態

 一連の1票の格差訴訟では、投票価値の平等を実現するためには、衆院選で1人別枠方式、参院選では都道府県単位の選挙区がそれぞれネックとなっていることから、最高裁が「違憲状態」と指摘するなどして、国会に何度も見直しを求めてきた。最高裁の千葉勝美裁判官は14年衆院選に対する15年11月の大法廷判決で、最高裁と国会は「国家機構の基本となる選挙制度の大改革を目指し、両者の間で、いわば実効性のあるキャッチボールが続いている状況にあ(る)」と補足意見を付けている。確かに国会は判決を受けて定数是正を繰り返し、最大格差は縮小した。それは「実効性のあるキャッチボール」なのかもしれないが、投票価値の平等に向けた抜本的な改革からは程遠い状態のままだ。(続く)

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