それでも「お母さん」になりたい 長崎県初の新生児の里親に 【連載】家族のかたち 里親家庭の今(9)

悠太君(中央)を愛情いっぱいに育てる冨岡さん夫婦=佐世保市

 佐世保市の冨岡光子さん(51)は6年前、長崎県内で初となる新生児の「養子縁組里親」になった。「赤ちゃん縁組」とも呼ばれ、戸籍上でも実の親子として、悠太君(6)と慌ただしい毎日を過ごしている。
 30歳から4年間、不妊治療をしたが、子どもは授からなかった。それでも「お母さんになりたい」という気持ちが消えず、夫の和彦さん(56)と相談し、養子縁組を希望した。「赤ちゃんでも育てられますか」。児童相談所から連絡が届いたのは、光子さんが45歳の時。本県では前例のない新生児の委託だった。
 1カ月後、迎えた出産の日。病室で待っていると、生まれたばかりの赤ちゃんが運ばれてきた。「かわいい」。緊張しながら両腕でしっかりと包み込んだ。
 心の中は喜びで満ちていた。でも、それから半年は気持ちを抑えて過ごした。制度上、この間に実親が引き取る意志を示せば返さなければならない。無事に縁組が成立すると、里親仲間や児相職員ら多くの人が祝福してくれた。
 初めて言葉をしゃべった、初めてバナナを食べた…、そんなささいなことでも喜びを感じる日々。冨岡さんは「血のつながりはないけど、子育ての大変さは一般の家庭と変わらない。不思議なことに顔も似てくるんですよね」と笑った。
 悠太君が3歳の終わりごろ、生みの親が別にいることを伝える、いわゆる「真実告知」をした。年相応に理解はしてくれたと思うが、3年たった今も、その話題にはあまり触れたがらない。ただ、成長段階で「自分は何者か」と知りたくなるのは自然の流れ。「もし彼が本当の親に会いたいと言えば、18歳になってから一緒に捜してあげようと思います」
 国は今、施設養護から家庭的養護への移行を推進。6月には民法が改正され、実親は縁組に同意して2週間が経過した後は撤回ができなくなるなど制度も動いている。冨岡さんは実感を込めて言った。「実の親が育てられればそれが一番。でも、それがかなわない子もいる。子どもが幸せになるための選択肢の一つとして里親制度を知ってほしい」


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