家電量販にも広がる「時価販売」、消費者のメリットは大きい?

家電量販店大手のノジマが10月21日、184ヵ所ある全店舗にダイナミックプライシングの導入が完了したことを公表しました。需給に合わせて随時価格が変わるダイナミックプライシングは、ホテルやエアラインではかなり以前から導入されています。

小売りの世界でも、Amazonではすでにお馴染みですが、リアル店舗ではまだまだ珍しい存在です。ノジマによれば、100店舗以上を展開する小売り大手としては、全店導入は国内初だそうです。

年末年始や連休などの時期に、ホテルやエアライン、長距離バスなどの価格がハネ上がるので、「価格を上げる」ことで事業者が儲かるイメージのほうが強いですが、実際のところは「価格を下げる」ほうに、より高い効果があるようなのです。


家電量販店が「時価」を導入する理由

今回、ノジマが全店に導入したのは、本部で一括コントロールができる電子棚札システム。店頭の棚に設置している値札を電子タグにし、POSデータと連動させて、売れ筋や在庫状況、競合店やネット通販の価格などを総合的に分析して算出した価格を、本部からの遠隔操作で棚の電子タグに反映させます。

システム全体を請け負ったのは、パナソニック システムソリューションズジャパン。電子タグでは世界シェアトップのフランスのSES-imagetag社とアライアンスを組んで提供したそうです。ライバルのビックカメラでも導入を開始していて、2020年度中に全店への配備を予定しています。

家電量販店には膨大な種類の商品が置かれていますから、価格の変更を機動的に行うことはアナログでは難しく、実際に値札を変える作業自体、人手がかかって大変な負担になります。その点、電子タグにすると、少なくとも値札を変えるために必要とする人手は、なくて済むようになります。

さらに、Amazonへの対抗手段にもなり得ます。最近はリアル店舗に来て値札を見て、その場でスマートフォンでAmazonの価格と比較し、安いほうで買うという消費者が増えています。その場で商品が手に入るリアル店舗に対して、Amazonは配送時間がハンデになりますので、その点も含めて消費者は判断するわけです。

いずれにしても、ダイナミックプライシングを導入することで、柔軟に価格を動かせるようになれば、店頭に来ていながら買ってくれない顧客を減らすことは可能になります。つまり、消費者側からすると「価格を下げる」効果が見込めるわけです。

旗を振る経済産業省

経済産業省もダイナミックプライシングの導入に前向き。同省は「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」と「ドラッグストア スマート化宣言」を2017年4月に公表済み。コンビニとドラッグストアに電子タグを普及させるための詳細なロードマップも作成しています。

目的は、人手不足の解消、現場スタッフの負担軽減のほか、食品ロスや返品リスクの軽減などがあります。

これに基づいて、2月12日からの3週間、ウエルシア千代田御茶ノ水店、ココカラファイン清澄白河店、ツルハドラッグ目黒中根店、ミニストップ神田錦町3丁目店、ローソンゲートシティ大崎アトリウム店の5ヵ所で実証実験が行われました。

この実証実験には、システムや機器を提供する会社だけでなく、物流会社、メーカー、卸売り業者、データ分析をする会社なども参加しています。

<写真:ロイター/アフロ>

販売速度の調整で食品ロスを低減

今回の実証実験に食品スーパーは参加していませんが、実は食品ロスが出やすい、生鮮食料品を扱うスーパーこそ、ダイナミックプライシングは効果を発揮しそうです。

たとえば、ほうれん草が18時に売り切れてしまったとします。そうすると、閉店までの数時間は欠品状態が続くわけです。一方、豆腐は閉店時点で大量に売れ残っていたとしたら、廃棄に回さざるを得なくなります。

もしも18時よりもだいぶ前の時点でほうれん草を値上げしておけば、売り切れるまでのスピードは下がり、欠品となる時間帯を短縮できます。逆に、豆腐は早めに値下げしておけば、もっと売れたかもしれません。

生鮮食料品は基本的に在庫を持ち越せません。だからといって、閉店時間のだいぶ前に完売してしまっては機会損失になりますので、閉店時点で完売することが理想です。ダイナミックプライシングを使うことで、売り切れるまでの速度を調整できれば、理想に近づくことができます。

一般に、食品スーパーは地域性が色濃く出るので、店舗への権限委譲がかなり進んでいます。店舗側の裁量が大きい分、値札の張り替えは店舗スタッフの経験と勘に頼っているのが現状です。加えて、下げることはしていても、上げることはしていません。

値段を上げることで販売スピードを下げるという発想を、店舗側が受け入れられるかどうかは、ダイナミックプライシングを導入するうえで最大のハードルになるでしょう。

売り方そのものを変えられるか

いわゆる「特売」で顧客を呼び込む手法も使えなくなります。売り方そのものを変えなければならないわけですから、現場の抵抗は想像にかたくありません。

それでは、消費者側はどうでしょうか。食品スーパーには多い人は毎日、少ない人でも1週間に1度は行き、その都度値段を見ています。家電量販店にそれだけの頻度で通い、同じ商品の値段を見ているという人は、かなり例外的な存在でしょう。

消費者はそれぞれ、自分の中で許容可能な価格の幅というものを持っています。今でも生鮮食料品の値段は毎日違います。昨日5本入り298円で買ったナスが、今日は同じ量で198円に下がっているということは日常的に経験しています。値段が変わる頻度が1日単位から数時間単位に変わることに、どれだけの消費者が抵抗するでしょうか。

消費者は行動半径内にある複数のスーパーを回り、価格を見ています。特売品だけが売れて、他のものもついで買いしてもらおうと思っても、なかなか思惑通りには行動してもらえていない、というのが現状ではないでしょうか。

一方で、欠品による機会損失を、小売り側がどれだけ自覚しているか疑問です。たった1品、材料がそろわないために、別の店に行くわけですから、欠品は店舗側にとっても不利益です。

少なくとも価格を科学的に上げ下げすることで、廃棄ロスの削減効果がどのくらい見込めるのかは、実験してみる価値はあるのではないでしょうか。

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