自分の足にフィットする登山靴とは
シューズのフィット感を左右するのは、シューズ内部の形状を作り出す、ラスト(足型)のデザイン。メーカー各社はそのラストをいかに理想的なものにするか、大量の「情報」を集めて研究を重ねています。
「情報」というのは、要するに人間の足の形状ですね。
ただ、足の形は人によって大きく特徴が変わり、最大公約数のラストを作ったところで誰の足にでも合うものが作れるわけではありません。その点は各メーカーも心得ており、だからこそ「足幅が広めな人に合いやすい」とか、「甲高の人に向く」などという特徴がそれぞれのシューズに出ているのです。
では、どんな足の形の人でも合うシューズは、本当にないのでしょうか?
自分の足の凹凸まで微調整!テクニカの「熱成型シューズ」
そこでひとつの可能性として登場してくるのが、今回ご紹介する「熱成型シューズ」なのです!
「熱成型シューズ」とは、シューズ内部に熱を与えると変形するパーツが組み込まれ、使う人の足に合わせて細かな足の凹凸まで形状を微調整できるもの。足首の骨が出っ張っていたり、かかとの肉が薄かったりする人でも、十分なフィット感を得られるようになります。
スキー用のブーツには少し前から取り入れられてきた技術ですが、現在、登山靴の分野で熱成型シューズを手掛けているのは、イタリアに本拠地を持つ「テクニカ」のみ。
テクニカはもともとスキー用品中心のメーカーだけに、そこで培った技術を登山靴に応用しているのです。
そこで行ってきました!東京は新宿区にある「テクニカグループジャパン」。
ショップではありませんが、オフィス内にシューズを熱成型できるマシンがあり、取材ということで特別に試作していただけることに。
今回熱成型シューズを作成してもらう僕は、山岳/アウトドアライターを仕事にしており、職業柄、新作だけでも年に10足以上の登山靴を履いています。また、老舗登山靴店で足型を測ってもらい、特注品をオーダーした経験も持っています。
でも、熱成型シューズは初めて。
どうやって作っていき、どんなものが仕上がるのか、わくわくしてしまいます。
オフィスで聞いた「テクニカ」の「テクニック」
今回この熱成型シューズについて教えてくれた、営業部の浅野仁さん。普段は販売店をまわり、マシンのレクチャーも行っているとのこと。
現在、日本でテクニカが展開している熱成型シューズのうち、登山靴は「フォージGTX」のみ(2020年には別モデルも追加予定)。ヌバックレザーの下にはゴアテックスが使われていて防水性が高く、柔らかなアッパーをもつトレッキング系モデルになります。
さっそく浅野さんが右手でなにやら引きずってきた、ボックス状のもの。
これが「C.A.S.フットウェアキットニュートロ」という熱成型用のマシンで、シューズの熱成型はこれ1台で完了するのだそうです。ちなみに「C.A.S.」は「Custom Adaptive Shape」のこと。
熱成型を行なうといっても、はじめに自分の足のサイズに合うものを選ばねばなりません。僕の足のサイズは28.0~28.5㎝とデカく、「バカの大足」などとさげすまれることも多々ありますが、さすがテクニカは欧州メーカーとあり、フォージには余裕で用意されていて安心しました。
まずは一般の登山靴と同様に、かかとを合わせてから靴紐を引き、元となるシューズのサイズを選びます。
いよいよ僕だけのフォージ作成の開始です。
ただし、これからの製作過程の説明に使われる写真は必然的に僕の小汚い足になりますが、そのあたりはご了承ください……。
製作開始!
フォージの熱成型は、2段階にわけて行ないます。
はじめにインソールのみ外してフィットさせ、その後にシューズ全体を合わせる、という流れです。
シューズから抜き取ったインソールを見せてくれる浅野さん。インソールの色は、ブランドイメージのオレンジ。
あらかじめ立体的になっていて、とくにアーチの部分はとても盛り上がっています。
はじめはインソールを熱成型
抜き取ったインソールは、マシン内に収められていた「フットベットレジスター」に挟み込みます。挟み込んだ後は重ね合わせて閉じ、スウィッチを入れると加熱開始!
EVAコンパウンドとサーモプラスチックでできたインソールを柔らかくしていきます。レジスターは85℃まで温度が上昇し、最終的には簡単には手で持てないほど熱々になるのです。
加熱時間は8分。しばらくじっと待ちましょう。
汗が出るほどホカホカ。EVAが一気にソフトに
十分に温まったらフットベッドレジスターから取り出して特殊なソックスのようなものの中に入れ、それから自分の足を入れます。このソックスは伸縮性があり、足の形にピッタリ。
(このとき僕は女性のパンプスを履いているような気持ちになり、若干照れました…)
特殊ソックスを履いた足は、次に「エアーサック」という器具のなかに入れ、足裏から膝上まで太いテープで固定しつつ、空気の圧力をかけていきます。この時間は3分程度。こうやって足の裏の形状をEVAに覚えさせるのです。
「ショップには、いつも山に使っている靴下を履いていくといいですよ」と浅野さん。分厚い靴下だと、足の形がきれいにとれない可能性があるのだとか。
3分経つのを待ちながら、効率よく製作するため、同時にアッパーを「シューズレジスター」で加熱し始めます。
C.A.S.フットウェアキットニュートロを覗き込むと、2つの数値が表示されていました。ひとつは「5.05」でもうひとつは「130」。「5.05」は加熱しているフォージの残り時間、「130」はエアーサック内部の気圧のようです。
ちなみにエアーサックは最大で150気圧になるそう。アウトドア系腕時計などの表示方法に従えば、深海1,500mくらいにいるのと同じ圧力を受けていることになるのかな。
それだけの圧力でインソールを足の形に合わせているのだから、すごいことですよね。
偏平足を反映し、妙に平らなインソールが完成。
さて、できあがったインソールは……。熱を加える前のインソールと比べると、一目瞭然。僕の足裏の形がしっかりとインソールに移されています。僕はかなりの偏平足なのですが、それが見事に再現されていますね。
一番わかりやすい部分で説明すれば、もともとのインソールでは高かったアーチの部分。ここが、見事に低くなっていました。
歩いているうちにアーチがつぶれやすい偏平足は疲れやすく、スポーツ向きではないことは多くの人に知られる事実で、その足で一生懸命に山を歩いている自分自身がいつもかわいそうになります。でも、このように僕のアーチに合うインソールであれば、これ以上はアーチがつぶれず、疲れにくいはず。
インソールだけでも作ってもらう甲斐はあるというものです。
インソールの熱成型が完了すると、次は真打ともいえるシューズのアッパーに移ります。といっても、基本的な流れはインソールの製作と一緒。
インソールを戻したフォージに足を入れ、靴ごと圧をかけていきます。
フォージのアッパーで熱成型して足の形に合わせられるのは、足首からかかと、そして足の両サイドです。つま先部分は登山靴として使いやすいようにラバーで強化していることもあり、熱成型されるパートではありません。
そのため、足先の形状は合わせきれず、外反母趾などには対応していません。
それでも、他の部分がしっかりと合っていれば、足先にかかる負担は減るので、人によっては間接的に効果が発揮されるかもしれませんね。
ついに完成!
さて、最初のインソールへの加熱から計算すると、計20分。とうとうフォージのアッパーの熱成型も完了しました。
つまり、これで完成!
最後にエアーサックから足を取り出すときは、思わず「生まれる~」などと小声でつぶやいてしまいました。
まだホカホカのフォージを履いたまま、オフィスの一角を歩きまわってみましたが、やはりなんだかよさそうです。
専用フォージが完成!あとは山で使うのみ
とうとう姿を現した僕専用のフォージ。外観は他のフォージと同じですが、内部の形状が僕の足そのものになっているはずです。
実際、オフィス内を歩いているだけでも、フィット感のよさは体感できました。
しかし、実際の山ではどうなのか?
これまで僕が履いてきた登山靴とは、どう違うのか?
フォージには熱成型以外にもおもしろい特徴があるのも、見逃せません。
それにしても、エアーサックで足に圧力をかけるのはおもしろい体験でした。病院では空気で圧力をかけて計測する血圧計を使いますが、あれと似た感覚が足首よりも下の全体で味わえるのです。なんとなく気持ちよくて、ちょっとクセになりそうです。
じつはフォージの熱成型は、アフターケアとして何度でも「焼き直し」が無料で行なえます。そのために「毎月のようにフィット感の調整をしているユーザーさんもいらっしゃいますよ」とのこと。毎月でなくても「1年に1回くらいは焼き直すのがおすすめ」と浅野さんはおっしゃっていました。
そもそも、フォージの価格は35,900円。似たタイプの登山靴に比べれば、少し高いかもしれませんが、専門の知識を身に着けたショップスタッフが時間をかけて熱成型してくれることを考えれば、まったく高価とは思えません。しかも何度でも焼き直ししてくれるんですから、むしろ安い気がします。C.A.S.フットウェアキットとともにフォージを扱っているショップは、全国に現在40店ほどあるそうですよ。
そんなわけで、近いうちに改めてフィールドでの使用感をレポートする予定です。
文:高橋庄太郎、撮影:YAMAHACK編集部