大学病院の教授、本給は“公務員並み”でも年収2000万円超えのカラクリ

私の仕事は麻酔科医、フリーランスとして毎日違う病院に出張し、数多くの医師・看護師とチームを組んで麻酔をかけており、その合間に医療関係の記事も書いています。

医者と言えば「高い収入とステイタスが保証され、タワマンや外車のような優雅な生活を送っているはず……」と、早合点してはいけません。日本の医師免許保有者は約31万人であり、全員がお金持ちという訳ではないのです。

本連載では、医者のキャリアを細かく分類し、その人生や気になるお財布事情を覗いてみたいと思います。
※本稿は特定の個人ではなく、筆者の周囲の医師への聞き取りをもとにしたモデルケースです。


佐藤巧先生(仮名):52才、東京都内の私立A医大病院教授、専門は消化器外科、妻と一男一女

【月収】
大学病院からの本給 月約60万円(税込、別にボーナス3~4か月分)
毎週木曜日アルバイト 1日10万円×月4~5回
当直アルバイト 1回5~20万円×2~3回
製薬会社の講演会や原稿料 2~20万円
各種謝礼など 0~10万円

合計:100~180万円

デフレ化する医大教授ポスト

医大教授といえばドラマ「白い巨塔」のような「多くの部下を従える絶対君主」をイメージする人が多いんですけど、残念ながら今では、ああいう医大教授は稀少な存在になってしまいました。2004年から始まった新研修医制度の影響で、大学病院に就職する若手医師がすっかり減ってしまい、巨塔というより小塔になってしまいました。

同時に、かつて花形だった外科のような多忙科は、女医が増えたこともあって若者に敬遠されるようになりました。一方で、眼科・皮膚科のようにラクで開業しやすい科は大人気なんです。で、困った医大は、医局トップの主任教授の他に「病院教授」「臨床教授」「特任教授」みたいな「なんちゃって教授」とでも言うようなポストを増やして、中高年医師を引き留めて人数の帳尻を合わすようになりました。

佐藤教授の属するA医大消化器外科では、主任教授の他に病院教授が3人いて、教授のタイトルがあれども実質的にはナンバー4です。2004年以前に60人以上いた外科医局も今では30人弱、産休や育児時短や病気休職中のメンバーを覗いた実働人数は15~6人です。「4人に1人が教授」も、最近の大学病院ではよく聞く話です。

院外バイトが生命線

教授といえば「白い巨塔」の財前教授のようにリッチな生活をイメージするかもしれませんが、あれは「奥さんの実家が太い」というラッキーなケースです。大学病院からの本給は昔も今もさほど変わりません。同世代の公務員並みですね、他の収入源がなければ「白い巨塔」に登場した里見先生のような地味な生活レベルとなります。よって「教授の肩書を生かしたバイト」で稼ぐことによって、実質的な教授の年収が決まります。たいていの大学病院では、「研究日」と称して「週1日の外病院アルバイト」が公認されていますので、佐藤先生は民間病院で外来と胃カメラのアルバイトをしています。

昔は製薬会社主催の講演会や薬のパンフレットに推薦文を書くだけで「〇十万」みたいな話もありましたが、昨今はすっかり厳しくなりました。美味しい案件は主任教授どまりで、佐藤先生のところまで廻ってこないようです。その他にも、「博士論文の指導料」とか「医局員の結婚式スピーチ」とかで〇十万…なんて時代もありましたが、近年は博士号を欲しがる若手医師も減る一方、派手な結婚式も珍しくなりました。患者の謝礼も、あったとしても商品券か最大でも数万円程度、ドラマ「ドクターX」のような札束は見たこと無いそうです。

という訳で、佐藤先生は教授になった今でも当直バイトをやっています。子供の教育費や、家のローンも残っているからです。医者の多い東京都内の当直代は安い(一晩3~5万円)ですが、医師不足の地方に行けば稼げます。効率的に稼ぐために、新幹線の距離で「三連休つぶして60万円」というアルバイトを引き受けることもありますが、五十代の体にはキツいそうです。学会や緊急手術で週末が潰れることも多いので、たまの休みは家でゴロゴロするだけで終わってしまうようですね。

終わらない住宅ローン、膨れ上がる教育費

佐藤先生の奥様は元ピアニストで、現在はピアノ教師兼主婦です。少子化でピアノを習う子供や謝礼も減る一方ですが、奥さんが「ピアノ2台を置ける防音室が欲しい」と世田谷区の高台に買った家のローン残債は、なかなか減りません。

上の娘さんは小学校から名門エスカレーター私立校だそうです。奥様の実家は開業医ファミリーで、お義父様が院長だった頃は羽振りもよく、孫の教育費を援助してくれたそうです。お義兄様に代替わりしてからは経営状態もイマイチで、援助は期待できなくなりましたが、そのまま名門校に通わせているそうです。父兄のお付き合い費用も、大変らしい。

下の息子さんは、私立中高一貫校から医大目指して浪人中だそうです。医大専門予備校に通っているので、学費が年200万かかります。その他、プロ家庭教師による数学と英語の個別指導に月20万円が必要ですが、奥様が「2浪されるよりマシ!」と契約してしまいました。予備校から「浪人生ならば10校は出願しなさい」とアドバイスされていますが、私立医大は受験料だけで5~6万円かかり、滑り止め私大に合格した場合は100~200万円の入学金を納入しなければなりません。私立医大に進学するならば、6年間で2,000~4,500万円の学費が必要です。

何年も海外旅行ができない今の生活に奥様は不満のようで、娘さんには「合コンするなら、開業しそうな科のドクターを狙いなさい」とアドバイスをしています。佐藤先生と出会った頃は「お金よりも知性のある男性に惹かれます」と、言ったそうですが…。住宅購入時には「駅まで車で奥様が送迎」という約束をしましたが、今は息子の塾送迎で忙しいそうで、佐藤先生は電動自転車で駅まで通っています。

ナースの恋人を捨てて、医師娘と結婚したけれど

実は佐藤先生、奥様の前に交際していたナースの彼女がいました。献身的で慎ましやかな女性だったそうです。でもご両親に反対され……彼女に内緒で見合いしたのがバレて、やがて破局したそうです。当時は「看護師との結婚は出世の妨げ」「医者ならば教授や院長を目指すのが王道」という価値観が残っていましたから、佐藤先生も流されてしまったようです。

ここ10年ぐらいは、医師×看護師婚のタブー感はすっかりなくなりました。40代の若手教授だと「夫人は元看護師」も珍しくありません。佐藤先生は、「手近なマンションで仲良く暮らす、後輩外科医×看護師妻」を見かけると、「あの時、彼女を選んでいれば…」という追憶に浸ってしまうそうです。また、「通勤しやすいから」と10年前に後輩夫婦が買った中央区のマンションが、今では佐藤先生宅より高価が付いていることも、後悔に拍車をかけているようです。

奥様は教授職よりも開業してほしいようですが、佐藤家の沿線エリアは消化器系クリニックの激戦区として知られ新規開業は困難です。以前、大学の先輩から「埼玉県川口市の診療所を継承しないか」という案件を打診されたけど、「東京を出るなんて!」奥様の猛反対で流れました。

という訳で、佐藤教授は下の子供が独立するまでは、大学病院とバイトを掛け持ちしながらの生活が続くきそうです。「体が持つだろうか」と健康状態をボヤいていると、奥様は生命保険を増額してくれました。

© 株式会社マネーフォワード