川原は今 石木ダム用地明け渡し期限・上 <日常> 「奪われない」信じて

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付け替え道路工事現場で毎朝の座り込みを続ける岩下さん=川棚町

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業で、家屋など物件を含まない土地が対象だった9月19日に続き、水没予定地の川原(こうばる)地区に暮らす反対住民13世帯の家屋を含む土地の明け渡し期限が今月18日に迫った。住民が立ち退かない場合、県は家屋の撤去や住民の排除などの行政代執行も選択肢から除外しない構えだ。重大な局面にある集落を訪ね、日常の断片を集めた。

 虚空蔵山から陽光が差し、川原に朝が来た。あちこちに「ダム反対」の看板が立つ谷あいの通学路を、ランドセルを背負った小学生たちが元気に歩いて行く。
 13世帯の中で、ダム本体の建設予定地に最も近い場所に住む岩下秀男(72)、久子(71)夫妻は、毎朝午前8時ごろに自宅を出る。向かう先は、ダム建設に伴い県が進める付け替え道路の工事現場。平日の午前中、住民や支援者ら20~30人で現場に座り込み、抗議する。
 県が付け替え道路工事に着手した2010年3月から続く。当初は現場入り口前に陣取り、業者が入るのを阻止してきたが、県側が未明に資材や重機を搬入したため、座り込みも現場内に移った。それから2年以上がたつ。
 JR九州の運転士だった秀男は10年ほど前に退職。定年後の生活はダム反対運動が中心になった。趣味の植木に精を出したり、町外に住む子や孫の顔を見に行ったり、やりたいことはたくさんある。夫婦で「旅行に行きたいね」と話していたが、実現できないまま、定年後に取得したパスポートは期限切れになろうとしている。
 表向きは平穏だった10年弱。しかし付け替え道路の工事は着実に進み、土地収用法の手続きで今年9月、すみかの土地の所有権は奪われた。自分たちを「元地権者」と呼び始めた報道を見ると、やり場のない怒りが込み上げてくる。
 今月7日、県の幹部が突然現場を訪れ、話し合いに応じるよう住民らに呼び掛けて回った。「勝手に土地を奪っておいて『今後の生活を話し合おう』と言われても、応じられるわけない」とあきれる。思い返せば、いつも力ずくだった。「強制測量(1982年)も、事業認定申請(2009年)も、脅しさえすれば、こっちが屈すると思っている」。このまま強引に本体工事を進め、日当たりが自慢のわが家に、巨大な堰堤(えんてい)が影を落とす日が来るのだろうか。「『出て行かんあんたらが悪い』とでも言うみたいに」と不安そうにつぶやく。
 それでも、自分たちを「不幸」と哀れんだりはしない。「取りあえず元気に生きてるし、毎日仲間とも会えるから。今を幸せと思わなくちゃ」と久子は気丈に笑う。土地の所有権はなくなっても、この場所での平穏な暮らしは決して奪われることはないと信じている。=文中敬称略=