【北朝鮮国民インタビュー】韓国の脱北者追放「わが国民は絶望している」

韓国政府が、亡命の意思を示していた北朝鮮男性2人を、南北の軍事境界線にある板門店(パンムンジョム)を通じて北朝鮮に追放した件について、疑問と反発の声が上がっている。

韓国政府の説明によると、事件の概要は次のようなものだ。

船長と船員の計19人を乗せた17トン級の木造船は今年8月中旬、北朝鮮東海岸の金策(キムチェク)港を出港、2ヶ月に渡りイカ漁を行っていた。船員のうち20代男性の3人が、船長の横暴に不満を抱いて殺害を決意。斧1本と金槌2本を使って殺害した。

犯行の発覚を恐れた3人は、残りの船員も口封じで殺害することにし、2人ずつ呼び出して殺害、遺体は海に遺棄した。40分間隔で殺害を繰り返し4時間をかけて合計で16人を殺害した。

3人は北部の慈江道(チャガンド)に逃亡するべく、一度は金策港に戻ったが、1人が逮捕されたため2人は船に乗って逃亡、今月2日に韓国の領海で韓国海軍に拿捕されたというものだ。

取り調べの過程で韓国への亡命の意思を示した2人だが、16人殺害を自白したことで、「重大な犯罪であり、韓国の国民の生命や安全の脅威となる。凶悪犯罪者として、国際法上の難民としても認められないと判断した」(統一省)との理由から、7日に板門店を通じて2人を北朝鮮に追放する措置をとった。

北朝鮮の人権を扱う団体などは、この措置について韓国政府を厳しく批判する声明を共同で発表した。

また、韓国の中央日報は12日付の社説で真相究明を求めた。同紙が指摘した疑問点は大きく分けて以下の4つだ。

◯長さ15メートルの17トン級の木造船に19人が乗船することは可能なのか

◯狭い船の上で発覚せずに2人ずつ順番に殺害することは可能なのか

◯なぜ国防相にすら報告されずに追放措置が行われたのか

◯そんな大事件の取り調べがたった4日で終わり、殺害の証拠すらないのに、追放したのは何故か

デイリーNKでは、今回の追放について、 平壌の幹部(A)、北朝鮮の内部事情に精通した情報筋(B)、清津(チョンジン)水産事業所で勤務経験を持つ脱北者(C)の3人にインタビューを行った。

3人はいずれも今回の措置に疑問を呈した上で、北朝鮮当局のプロパガンダに利用された上で、処刑されるだろうとの見方を示している。

以下は、インタビュー内容を再構成したものだ。

―韓国政府が北朝鮮国民2人を北朝鮮に追放した。船に乗り組んでいた同僚16人を殺害する凶悪犯罪を犯したというのが政府の説明だが、これに対して疑わしいとの声が上がっている。どう思うか?

A:銃で撃ち殺さない限りは難しいと思う。綿密に計画を立てて全員が寝静まった夜中なら、3人でも充分に16人を殺害できるだろうが、この3人が(都合よく)宿直をしていたというのはとても納得できない。通常、宿直は責任者1人と1〜2人が1組になってやるものだが、3人が本当に宿直担当だったのか。(3人全員が)20代なのに、うち1人が責任者であった可能性はまったくない。

B:不可能だと思う。

C:漁船に16人が乗り組んでいたとしたら、隣の人と釣り糸が絡み漁は難しい。5人が寝るのが精一杯(のスペースしかなかっただろう)。また、北朝鮮でイカ釣り漁船に乗る場合は友人同士、声を掛け合って一緒に乗り組むものだが、友人をすべて殺すというのはありえない。

―北朝鮮当局の処理方法は?

A:北朝鮮は従来から脱北者について、犯罪者が中国を経て南朝鮮(韓国)に逃げているのだと宣伝してきた。そのため今回の事件の噂が広まれば「逃げて南朝鮮にたどり着いたとしても強制送還される」と大騒ぎするのが目に見える。南朝鮮当局がなぜこんな拙速な結論を下したのか、実に残念だ。南朝鮮で裁判を受け、公正な法的手続きに則って(処遇を決めて)いれば、よかっただろうに実に残念だ。さらに、なぜ板門店を通じて北朝鮮に追放したのか、戻れば死ぬしかないということを知らないわけがなかったろうに、死ねと送り出したのか。彼らに裁判を受ける国を選べと言っていたならば、100パーセント、いや1000パーセント南朝鮮で(裁判と)罰を受けると言っていただろう。

B:北朝鮮当局は、今回の件を人民に脱北を諦めさせるために利用しようするだろう。まず、いったん脱北して韓国に入国し、その後に戻ってきた人々に「家族を捨てていくほどの希望の国ではない」と語らせ、続けて「南朝鮮当局は(脱北者を)無条件で送り返すという原則を持っている、南朝鮮に行っても以前とは異なり、多くの人が帰ってきている」などと、教養(思想教育)を行う可能性が高い。

C:北朝鮮では今回の事件を政治的に利用して「脱北して韓国に行ってもすぐに送り返される」と宣伝するだろう。


―彼らに対する処罰は?

A:これほどの事件なのだから、1号報告(金正恩党委員長への報告)が上がらないわけがない。だとすれば結果は考えなくてもわかる。無条件で銃殺刑または絞首刑にされるだろう。今の段階ではまだ(北朝鮮国内で)大きな噂になっていないので、公開処刑ではなく、密かに処理する可能性が高い。もし、大きな噂になれば、現地で公開銃殺するか、遠洋漁業に携わる漁民だけ集めて公開処刑する可能性もある。

B:取り調べが終わって、彼らが(韓国に)持っていった情報の価値が大きく、革命団結に害を与える危険性が高いと判断されれば、室内で密かに処刑したり、政治犯収容所送りにするだろう。彼らが社会に戻れないのは確かだ。

C:中国に逃げて捕まった人は懲役3年、韓国に逃げようとして捕まった人は銃殺や管理所(政治犯収容所)送りになり、家族も管理所にいくことになる。2人の強制送還は、本人だけでなく、一家全員を滅ぼすことことだ。

―今回の事件で、脱北を試みる人々が萎縮する?

A:脱北しようとしている人たちが、南朝鮮に行ってもあのように送り返されるという恐怖が大きくなるのは明らかだ。

B:当然ではないか。船を持った人は海から、泳げる人は川から、国境地域に住む人は国境から脱北を試みる。そのような雰囲気は当局も防ぎきれない。ただ、実際に脱北したのに送り返されてきたという噂が広がれば、多くの人民の希望が断ち切られ、絶望するのではないかと考える。

C:今回の追放で、当分の間北朝鮮国民は脱北できなくなるだろう。韓国への脱北を試みれば、彼らのようになるのではないかと恐れるだろう。

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