【中原中也 詩の栞】 No.8 「カフヱーにて」(生前未発表詩)

酔客の、さわがしさのなか、

ギタアルのレコード鳴つて、

今晩も、わたしはここで、

ちびちびと、飲み更かします 

  

人々は、挨拶交はし、

杯の、やりとりをして、

秋寄する、この宵をしも、

これはまあ、きらびやかなことです

 

わたくしは、しよんぼりとして、

自然よりよいものは、さらにもないと、

悟りすましてひえびえと

 

ギタアルきいて、身も世もあらぬ思ひして

酒啜ります、その酒に、秋風泌みて

それはもう 結構なさびしさでございました

 

【ひとことコラム】酒場の賑わいの中で独酌を続ける詩人は、人々が関心を寄せることのない蓄音器の響きや風の音に耳を傾けています。その少し戯画化された姿には、安易に人と同調することなく生きようとするが故の、孤独と自負とがにじんでいて、酒の深く苦い味わいが想像されます。

中原中也記念館館長 中原 豊

© 株式会社サンデー山口