なぜ? 夜だけ開くミナミの精神科クリニック

 くも膜下出血後遺症抱え、若者に寄り添う35歳院長

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 多くの観光客が行き交い、飲食店が立ち並ぶ大阪市の繁華街・ミナミ。色鮮やかなネオンが夜空を染める中、とある雑居ビルに髪を染めた若者や会社帰りのサラリーマンが次々と吸い込まれていく。職場でのストレスや不眠症といった悩みを抱く彼らが訪れるのは、夜だけ開く精神科クリニックだ。「リストカットをしてしまう」「死にたい」。患者の悩みに耳を傾けるのは、左半身にまひがある片上徹也(かたかみ・てつや)院長(35)。わざわざ夜の街で開業したのはなぜなのか。記者が訪ねてみた。

 

夜だけ開く精神科医院「OWLクリニック」の入る雑居ビル=大阪市

▽「美容室のような医院」目指して

 高級ブティック店や百貨店が立ち並ぶ心斎橋近く。「OWL(アウル)クリニック」は、雑居ビル3階にひっそりとたたずむ。ドアを開くと、中は白色を基調とした落ち着きのある雰囲気。診察室で患者が座るのは、よくある簡易な椅子ではなく、ゆったりとしたソファだ。「精神科」の入りづらいイメージをなくそうと、片上院長は気軽に立ち寄れる「美容室のような医院」を目指す。

 「仕事を休むことになっても、大丈夫ですよ」。勤め先の経営が傾き、不安で眠れず仕事でミスが続いているという男性会社員(39)に、片上院長は優しく声を掛けた。

 男性は残業も多い。「ここは夜遅くまでやっているので、仕事の後でも来られる。ありがたい」。診療が終わると、落ち着いた様子で帰っていった。

 

夜だけ開く精神科医院「OWLクリニック」。左は片上徹也院長

▽「夜の守り神に」

 診療時間は火曜を除く平日午後7~11時。「深夜営業」と聞くと、怪しげなイメージを持ってしまうが、他の一般の医療機関と同様、健康保険が使える。決して「モグリ」の診療所ではない。

 「駆け込み寺のような存在になれれば」。片上院長が開業したのは5年前。アウルは英語でフクロウを意味する。「夜の守り神になりたい」との思いを込めた。昼間働く会社員だけでなく、夜間営業の風俗店などに勤める人は生活リズムが夜型で、休みの日も昼間の受診は難しいからだ。

 若者が集まるミナミを選んだのは、同世代の悩みを知りたかったから。1日平均15人ほどを診療し、20~30代を中心にこれまで約4500人の悩みに寄り添ってきた。片上院長が英語で診療ができることから、最近は外国人の患者も来るようになったという。

 患者の症状はさまざまだ。職場の上司に叱責される先輩社員の姿を見て「いずれ自分も怒られるのではないか」と不安に駆られ、通院を続ける30代の男性会社員。20代の男性は、会社から帰宅するときに呼吸が苦しくなる症状が約1年前からあり、今年9月に初めてクリニックを訪れた。

▽くも膜下出血も、開業の夢諦めず

 片上院長が精神科医を志したのは、読んだ本に感化された高校2年の頃。自分のクリニック開業を夢見ていたが、研修医を終えた直後の2012年、突然頭に激痛が走り、倒れた。くも膜下出血で手術は10時間以上に。3カ月間入院し、半年間リハビリに励んだが、左半身にまひが残り、脚を引きずって歩く。

 趣味のサーフィンはできなくなり、気持ちは落ち込んだ。「歩けるだけまし」と自分に言い聞かせたが、後遺症は今も完全に受け入れることができていない。それでも自分のクリニックを持つ夢は抱き続けていた。

雑居ビルの3階にあるOWLクリニックの入り口

 昼間は別の病院で勤務し、夜はクリニックという多忙な日々をこなす。原動力は人への尽きない興味だ。悩みを抱え込まず何でも話してもらおうと、大切にしているのは「友達感覚」。診察室には時折、笑い声も響く。「患者さんが僕のことを自分と同じような存在だと思ってくれたらいい」。優しい語り口で話した。

 ▽取材を終えて

 クリニックに着くと、扉の近くに小さなフクロウの置物が目に入った。精神科クリニックに入ったことがなく、緊張していたが、かわいらしい置物を見て気持ちが和らいだ。取材に片上院長は「自分の話をするより、人の話を聞いているほうが楽しい」。患者に話を聞くと、最初は多くの人が職場でのストレスを抱えていると感じた。が、診療後は「院長と話すと、気持ちが楽になって帰れる」「また来ます」という前向きな声も。患者らのそんな姿を伝えると「うれしいですね」と笑顔を見せた。患者が院長に抱く親しみやすさや近しさを感じ、良い関係性を垣間見た気がした。(共同通信=小林直秋)