本気で買いたくなる悩ましい存在、アルピーヌ A110
スポーツカーとしてのパフォーマンスと走らせる楽しさ、それに日常使いにおける乗り心地の快適さと扱いやすさ。加えて、エレガントな佇まい。
それらひとつひとつが高得点であるだけじゃなく絶妙なバランスを描いていることで、おそらく2018〜2019年にスポーツカーとして最も高い評価を受けたクルマだと思われる、アルピーヌ A110。
いいクルマは、ドライバーを主役にする
から今日までに走らせた新しいスポーツカーの中で、最も感銘を受けたのがこのクルマだ。
過剰ではなく持て余さないギリギリのパワー、意志と直結してるかのようなハンドリング、そして僕のようなたいしたことないドライバーですらチャレンジを楽しませてくれるコントロール性の高さ。往復1500kmオーバーのロングを2度ほど走ってみて、身体で理解できた疲れ知らずの快適性。
その出来映えからしたら値段は相当に高バリューだし、もちろん金額は安くはないけど何が何でも絶対無理ってわけでもないんじゃないか? などとついつい考えちゃう微妙なゾーンにあることもあって、僕の中で常に悩ましい存在であり続けている。
念願の上級モデル、ついに登場
東京モーターショー2019でお披露目
けれどその一方で、もう少し高いパフォーマンスを望む声が世界中から聞こえてきてたのも事実だった。ここまでいいんだから、どうせならもっと…とついつい望んでしまうのは、古来から人間が持つ業のようなものである。
アルピーヌもそんなことは先刻承知で、ちゃんと一段階上の高性能モデルを開発していた。それが2018年6月に発表され、日本では今回の東京モーターショー2019でお披露目された、A110Sだ。
A110Sに会うため、ポルトガルへ
パワーも回転数もアップ
幸運なことにポルトガルのエストリル・サーキットとその周辺の一般道で、A110Sにいち早く試乗することができたので、御報告しよう。すでにMOTAでもモーターショーで展示されたA110Sが紹介されているけれど、現場でエンジニアに少し突っ込んだことを聞いてきたので、まずはその辺りから。
ぶっちゃけ、「A110のエンジンのパワーを上げて足周りを締め上げたのがA110Sなわけでしょ?」といわれたら、確かにそのとおりだ。1.8リッター+ターボのパワーユニットに関しては、ブースト圧を0.4bar高めるなどのチューンナップで、最高出力は292PS/6400rpm、最大トルクは320Nm/2000~6400rpmへと向上している。
パワーが40PSも高くなってる計算だけど、それよりむしろ注目すべきなのは、発生回転の方。最高出力の発生回転数が400rpm高くなり、最大トルクに至っては2000rpmから6400rpmまで延々と噴出し続ける、というわけだ。
最高速度は260km/hに
車重は1114kgだから、パワーウエイトレシオは3.8kg/PSでスタンダードなA110より0.5kg/PS向上していて、そのための静止状態から100km/hの加速タイムは4.4秒と0.1秒速くなっている。さらに最高速度は260km/hと10km/h伸びている。
けれどアルピーヌA110というクルマが直線一気型のスポーツカーとは対極にあるスポーツカーとして生まれている以上、高性能ヴァージョンであったとしても、最も重要なのはシャシーに加えられた変更の方だろう。
エンジニアは語る
スプリングやダンパーを最適化
具体的には、まずスプリング。レートはフロントが30Nmから46Nmへ、リアが60Nmから90Nmへ。+50%と、結構な締め上げっぷりだ。
データは教えてもらえなかったけど、それに合わせてもちろんダンパーも最適化しているし、ポリウレタン製のバンプストップも、その形状と硬さを変えているという。
中空のアンチロールバーは素材の厚みが2mmから3mmへと厚いモノとなり、直系もフロントが18.5mmから23mm、リアが19.5mmから23mmへと大幅に強化され、強度はおよそ2倍なのだとか。
スタビリティ重視だが、日常ユースも快適
車高は4mmダウン。タイヤはフロントが215、リアが245と10mm太い、この“S”のために専用開発されたミシュラン・パイロットスポーツ4。そしてスタビリティコントロールなどの電子制御系も、もちろんセッティング変更がなされているという。
それらが導き出すのは何か? という質問に対しては「スタビリティを重視したんだ。コーナーをより速く曲がれるようになってる。速くなってる分だけ、スライドしたときの対処がちょっと難しくなってるかもね。でも、普段の乗り心地はちゃんと確保してるよ」という言葉が返ってきた。…ホントだろうか?
見た目の違いはこんなところに
トリコロールがなくなった
ちなみに上記以外の代表的な変更点について触れておくなら、エクステリアではフロントとリアの“ALPINE”の文字と、フロントフェンダーの“A”のマーク(オプション)がブラックアウトされたものになったほか、リアピラーにあるフランスのトリコロールもカーボン地とオレンジ色のものへと置き換えられた。
ブレーキのキャリパーもオレンジに塗られたモノになり、標準仕様のホイールは“GTレース”と呼ばれる鋳造の専用品となった。頭が1.9kg軽くなるカーボンルーフ(オプション)も用意された。
オレンジでフレッシュな印象に
インテリアでは、スタンダードA110でブルーのステッチが入っていた部分とステアリングの12時のマーカーがオレンジに変わった。ルーフの裏側とサンバイザー、ドアの内張りにディナミカと呼ばれるバックスキン調の素材があしらわれた。
またペダル類とフットレストはアルミ製が標準となり、メーターナセルなどの室内のディテールがカーボン製となるなど軽量素材が多用されている。
A110の素晴らしさをA110Sに期待できるか?
快適な乗り心地…!?
A110とA110Sの違いをまとめると、エンブレム類がブラックとなること、ブレーキキャリパーがオレンジとなることなどでスタンダードA110と識別できるというのが最も大きなところとなる。つまりはエクステリア、インテリアとも大幅な変更はない、と思っていただいていいだろう。
エンジニア氏は「普段の乗り心地はちゃんと確保してる」といってたけれど、発表されたときから僕が気になっていたのは、実はそこだった。何せA110は素晴らしく楽しいスポーツカーなのに素晴らしく快適な乗り心地、というのがひとつの大きな魅力だからだ。
だから1台しかなかった白いボディカラーにカーボンルーフの、足元にはオプションのフックス製ホイールを履いた個体を早々とせしめ、サーキット周辺の一般道へと躍り出ようと走りはじめた瞬間、「…えっ?」と感じたのだった。
それはハッキリと、硬かった
デートはぎりぎり及第点
前述の「…えっ?」については後ほど触れるとして、次に乗り換えた標準ルーフにGTレース・ホイールのマットグレイのクルマについて先に述べることにすると、デートに使っても助手席から何とか苦情をもらわずに済むかな、という感じの乗り心地だった。
ただしスタンダードA110と較べて、明らかに硬い。現行版のルノー メガーヌRSの乗り心地を知っている人には、何となく伝わるかもしれない。路面の状態が良好なところではそう気にならず快適と感じられるけど、荒れた箇所に差し掛かったときの凸凹のいなし方はスタンダードA110の方が巧み。
後のサーキットで試乗した後には「これだけのパフォーマンスがあるクルマにしては充分に快適」と納得できたものだったが、一般道ではスタンダードA110の方が快適さは上だ。
そして、「…えっ?」の話
「…えっ?」に話を戻すと、その白いクルマで走り出した瞬間、あまりの硬さに驚いたのだった。サーキット敷地内の、それなりに整備が行き届いてるところですらそうだったのだから、一般道に出てからは推して知るべし。軽い段差でもハッキリと突き上げを伝えてきて、運転してるときならともかく、助手席に長く乗っていたらちょっとつらいかなぁ…というのが正直な感想。
フックスのホイールは鍛造で、4本の合計でGTレース・ホイールより5kg軽いというから、それが影響してるのかも知れない。
エンジニアによれば「それは妙だな。タイヤの空気圧をミスしているのかも知れない」とのことだったけど、試乗車は常に外に出て行ってしまってる状態だからチェックしてもらうこともできず、結局真相は判らず仕舞い。今回はそういうことがあったということだけお伝えして、ここに結論をつけるのはヤメておきたい。
一般道とサーキット、ここまで違った乗り心地
路面がひどすぎた一般道ルート
いずれにしても今回の一般道の試乗ルートは、なぜこの道? と思ったほど路面の荒れていた箇所が多くて、おまけに狭いし先の見通しの悪いところが多いし交通量が少ないわけでもないし、ぶっちゃけ、+40PSの恩恵を含め、A110Sのよさをあまり体感できなかった。
マットグレイの方の乗り味が、A110Sのバネ1.5倍、スタビ2倍と聞いて想像するよりは全然よかったということだけは解ったけど。
夢のようなサーキット
ならばサーキットではどうだったかというと、これはもう夢のように楽しかった。
ほぼ静止してる状態からアクセルを全開にして加速してみると、40PSの違いはそれほど体感としては感じられない。その理由は、全域がバランスよく力強さを増しているから、だろう。
それよりむしろ嬉しかったのは、トップエンドまでツマリを見せずに伸びていくこと。とりわけ中回転域から高回転域までの伸びの気持ちよさとパワー感/トルク感はスタンダードA110にはないもので、これは文句ナシに素晴らしい。
一般道を走ったときにはそこまで回せなかったわけだけど、よくよく考えてみたら回転の低い領域でも力強さと扱いやすさはスタンダートA110と変わらない。いいエンジンに仕上がってるな、と思う。
A110Sの真髄、思わず声が漏れるほど…
驚きのコーナリングスピード
そして今回最大のキモといえるシャシーの出来映え。これは完全にアルピーヌの意図したとおりになってるのだな、と感じた。
コーナリングスピードは、体感的には10%以上は高くなっていると思う。記憶にある「スタンダードA110だとこのくらいから来るはずだよな」という辺りなら、4つのタイヤが余裕で路面を捕らえたままグイグイと曲がっていく。
タイヤが鳴きはじめるくらいのペースまで上げていくと、思わず声が漏れるほどに速い。なるほど、「スタビリティを重視した」というエンジニアの言葉は全く確かで、加えてどの領域からでも気持ちよく加速してくれるエンジンの性格もあるし、“S”専用開発のタイヤもかなりグリップの強力な方向に仕立てられてるから、ラップタイムを計ってみたりしたら驚くほど速くなっているに違いない。
今まで以上に、僕を主役にさせてくれるクルマ
といって、ベタベタにグリップして微動だにしないような、ある意味では面白味に欠けるクルマになってるわけでもないのだ。
フロントタイヤに強く荷重をかけながらステアリングを切り込んでいけばしっかりとテールは滑り出すし、例えば4速でアクセルを踏み込みながら「どこまで続くんだー!?」というくらいの長いコーナーを走っていくときなんて、途中途中で何度も後輪がスル~ッとグリップを手放しはじめていく。
けれどそんなときには、クルマが今どうなっていてこれからどうなろうとしているのか、ということを驚異的なくらい解りやすく伝えてくれるし、正確なステアリングでもツキのいいアクセルペダルでも、どちらでもそう難しいことなしにコントロールしていける楽しみを与えてくれる。
そういうコーナリング時のバランスのよさはスタンダードA110で感じたものとほぼ同じ。違うのは、そのときのスピードの高さ。それにスライドが比較的早めに収束して前へ前へと進んでいこうとすることだ。
…楽しいか? もちろんだ!
気持ちいいか? もちろんだ!
A110Sの真髄は、間違いなくここにある。
結局、さらに悩ましい存在となったアルピーヌ
走りの楽しさは、A110S
スタンダードなA110か、高性能版のA110Sか。
実際のところはA110でもピュアとリネージでホイールの幅が異なる(事実上はトレッドが僅かに変わる)からなのか、ごくごく微妙な違いを感じたことがあって、強いていうなら機敏なピュアに少し踏ん張るリネージ、というような印象だった。そこにA110Sが加わったのだから、A110選びはさらに悩ましいものになった気もしている。
それでもピュアとリネージはほとんど同じといえるからその違いは置いておくとして、A110かA110Sか、それは乗り手がアルピーヌA110というクルマに何を望むかによる。
サーキットやワインディングロードを走りたいからアルピーヌが欲しいという人は、断然、A110Sだろう。このコーナリングスピードの高さはそれだけで魅力だし、クルマを手の内に収めることができたなら、スタンダードA110のような後輪遊泳をキープして走る楽しさも満喫できるかも知れない。
小粋な街乗りなら、A110
けれど、ヒラリとしたフィールを堪能してスポーティに走ることも楽しみたいけど、日常的には小粋なベルリネット(※仏語でセダンの意)としてデートにも使いたいし、時にはグランツーリスモよろしくロングにも乗って出たいという人なら、断然、スタンダードA110だろう。
A110Sと較べたら低い速度域で後輪が流れてくれるから、ラップタイムじゃなくてクルマの動きを楽しみたい、という人にもこっち、かも知れない。
A110Sは価格の面から見たらラインナップ中の最上位モデルの位置に置かれたわけだけど、それは必ずしもこれがベストということじゃなくて、またちょっと違う個性を持ったアルピーヌが誕生したのだ、と考えるべきなのかもしれない。考えても悩ましいことに違いはないのだけど…。
日本でも先行予約は始まっている
予価は899万円~
最後に、日本への導入について触れておこう。すでに先行予約は始まっていて、予価はブラン・イリゼ・メタリック(青っぽい白のメタリック)とブルー・アルピーヌ・メタリック(アルピーヌの代表的なカラー)は899万円、グリトネール・マット(専用色のマットグレー)は939万円。
なお全てのクルマがカーボンルーフとなり、ホイールはボディカラーによって異なるかもしれない。
国内での正式発表は2019年11月後半のどこかになる予定だから、仕様の詳細はそこで明確になるだろうが、従来のA110がそうだったから、おそらく本国でいうところのフルオプションに近い仕様になるんじゃないかと思われる。
[筆者:嶋田 智之]