希望の火を

 先ごろの紙面にある「希望の火」という言葉に目を凝らす。来日したローマ教皇フランシスコはきょう、長崎市でミサを執り行うが、その祭壇に全国の宗教者が平和の願いを込めた火がともされるという▲ギリシャのオリンピアから長崎市に贈られた火、広島原爆の残り火などを採取して一つにした。「希望の火」という言葉にいくらか安堵(あんど)を覚えるのは、昨今「いさかい」「最悪の関係」と、きしむ音がぎしぎし鳴るような話題や言葉に接することが多いからかもしれない▲日韓が提供し合う軍事情報を保護するための協定が、当面は維持されることになり、あわや失効という局面はひとまず避けられた。では、これで溝が埋まるかと言えば、もちろんそうではない▲国交正常化されてから「最悪」とされる関係は先が読めない。日韓首脳会談に向けて調整を進める方向というが、どうなるか▲北朝鮮はミサイルを飛ばし続け、非核化を巡る米国との協議も行き詰まっている。アジアで、世界で「協調」「融和」が見いだせない中、ローマ教皇が長崎で語る言葉は人々にどう響くだろう▲「厂」と「火」を合わせれば「灰」になる。「人」と合わせると「仄(ほの)か」になる。ローマ教皇の言葉と「希望の火」は人の心を仄かに温めて、冷たい灰になることは決してあるまい。(徹)

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