伊藤銀次とアルド・ボッカ、ロンドン経由でお茶の間に響いた日本のロックンロール 1984年 5月21日 アン・ルイスのアルバム「ROMANTIC VIOLENCE」がリリースされた日

お茶の間に響いたロックンロール、「ストリッパー」と「六本木心中」

今回は、「ストリッパー」「六本木心中」などのエンジニア、アルド・ボッカとの思い出をさらにもうひとしきり!!
沢田研二さんの「ストリッパー」は僕にとって生まれて初めての海外レコーディング!! ロンドンに渡り、本場のエンジニア、アルド・ボッカと仕事をすることができたことは、とても貴重な体験で、それまで日本で、ああなのかな… こうなのかな… と迷いながらやってきていた洋楽的な音作りがそんなに間違えてなかったことがわかったことは、その後の僕の活動に大きな影響を与えた。

イギリスのエンジニアと日本のエンジニアの違いとは?

今でこそ日本人でもいわゆるロック的な音作りをするエンジニアは多くなったけれど、まだ80年代初頭はアルドのようなエンジニアは少なかった。当然だけど、なんといっても、ロックだけをレコーディングしてきてるイギリスのエンジニアに比べて、日本人エンジニアは、ロック以外に歌謡曲やさまざまな音楽のレコーディングもしなければならない。イギリスには日本における “歌謡曲” の質感の音楽がないわけだから、ドラムなどリズム隊を録ってる時からその仕上がりに至るまで、その空気感には当たり前のように本物ロック感がいっぱい、それがなんともたまらなかった。もっとこうしてほしいという注文もほとんどつけなくていいところが、言葉のハンディを差し引いても、とても楽だったね。

とはいえ、このロンドン・レコーディングで一度だけアルドと僕がもめたことがあった。それは、どの曲かもう忘れちゃったけれど、「全体の感じをマーク・ボランのT・レックスみたいにしてくれないか」とお願いしたところ、僕のイメージとはどんどんかけ離れた乾いた質感のサウンドになっていったのだ。「あれ? これじゃT・レックスみたいじゃないよ」と異議を唱えたら、「いやT・レックスぽいだろ?」とアルド。結局少しもめたけど言葉の問題もあり、あまりもめるのもまずいと僕の方で折れたけど、いまいち納得がいかなかった。

のちに彼がアン・ルイスのアルバム『ROMANTIC VIOLENCE』でもエンジニアを勤めることになり、東京でレコーディングしているときにこの話題に触れると、「ああ、銀次、あの時は申し訳なかったね、僕はT・レックスでも初期のティラノサウルス・レックスの、フォーキーな感じだと思ってたものだから」と、笑顔でエクスキューズされた時は、喉にずっとひっかかっていた小骨がやっと取れたようですっきりしたものだったね。

アン・ルイスのレコーディングで起こったギターバトルの裏話

そのアンちゃんのレコーディングでも一度、アルドから僕のアレンジにクレームが。

シングル「六本木心中」のB面に収められた「IN PLEASURE」は、CHAR と北島健二のギターバトルが炸裂する曲だけれども、やはり当時の日本の歌謡シーンを考えると、そのままでは生々しすぎると考えた僕は、エレピでうっすらと和音の響きを入れることにした。するとアルドが、「銀次、ロックンロールにこのエレピはいらないよ」と。う~ん、そうくると思ってた僕は、そこの事情を説明してなんとか納得してもらった。

こんな感じで小さないさかいはあったけれど、思ってた以上にかっこいい音を作ってくれたのにはもう大満足、大感謝でした。

その後、90年代に入って、僕がウルフルズをプロデュースする時、彼らのサウンドが J-POP の中でも珍しいくらいルーツミュージックな匂いを持っていたので、これはもう、どうだこの野郎!とばかりに、えばった押し出しの強い音にするしかないと、外人のエンジニアを起用したのも、この時のアルドとの体験が生きているのだと思う。

アルド・ボッカも大興奮、ニック・ロウは “肉老” ?

最後にレコーディングを離れた面白いエピソードを!!
アンちゃんのレコーディングが進んでくるころには、お互いの気心が随分と知れてきた。そこでどういう経緯でそうなったのか覚えてないけれど、アルドに漢字を教えてあげることになった。“真” と書いてこれで “Truth” だと知った時の彼の驚きはすごかったね。「これ一字で Truth なのかい? ワオ!!」と。

さらに彼の名前のアルド・ボッカを漢字に直して “有戸牧歌” と書いてあげると、「どういう意味だい?」と聞いてきた。「There is a door and pastral song だよ」と教えるとうれしそうにして、「じゃあニック・ロウはどう書くんだい?」と聞いてきたもんだから、とっさに “肉老” と書いた。「なんて意味だい?」と聞いてきたので「肉 means meat, 老 means old 」と答えたら「Hahaha, old meat!!」と手を叩いて喜んで、「ニックにあったら伝えておくよ!!」と。

そんなアルドと あれから30年以上経った今、Facebook で友達になっているが、いまだにニックにそのことを伝えたかどうか聞くのがこわくてそのままになっています。

カタリベ: 伊藤銀次

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