いい加減にしてくれ…(写真はイメージです)
住んでいたアパートの電気は料金の未払いで停められていて、全財産は財布の中に入っている数百円のみ。それが川越猛夫(仮名、裁判当時73歳)の犯行時の状況です。
こうなった原因はパチンコでした。毎月、家賃分を差し引いて8万円ほどの生活保護費で暮らしていましたが、負けが込んでしまったのです。頼れる友人も親戚も誰もいません。
彼は自転車に乗って家の近くのスーパーに向かいました。
アルバイトでレジに入っていた男性の供述です。
「15時からのシフトで17時頃からレジに入ったと思います。犯人がレジに来たので『いらっしゃいませ』と言ったらいきなり包丁を突きつけられて『レジ開けろ。万券どこだ』と言われました。言われた通りにレジを開けてお金を渡すと犯人はそれを鷲掴みにして去っていきました」
この強盗事件での被害金額は35万円でした。犯行に使用された包丁は後の調べで被害店に陳列されていた商品だったことが明らかになっています。
犯行を終えると彼は包丁を捨て、スーパーに来るときに乗っていた自転車で駅に向かい上野に移動しました。
上野に着いてから向かった先、そこはパチンコ屋でした。
それからしばらく上野、鶯谷あたりをブラブラし、今度は新幹線で名古屋へ向かいました。
「昔、住んでたことがあって友人がいるから会いに行ったんです。もう最後の機会だと思ったからね。結局会えなかったですけどね」
スーパーでの強盗が3月7日、その9日後の3月16日に彼は愛知県の金山で自首し逮捕されました。
この時の所持金は約5000円。奪った現金のほぼ全てを新幹線代や飲食費、タバコ代、そしてパチンコで遣い果たしてしまっていました。
「せっかく盗ったお金があるうちは遊んで、なくなったら刑務所行こうって思ってたんですよ。パチンコで失敗しちゃったんだけどね、へへ、でも思う存分パチンコやってから刑務所行きたいって思ってました」
証言台の前に立つ彼は時折笑いを交えながら事件について話していました。反省の態度、というようなものは感じられません。
「包丁は店で適当に選んで…。別に刺そうとかは思ってなくて、見せつけてお金を出してくれればいいんで。もしお金を出さなくても刺したりはしなかったでしょうね。うん、出来ない。多分そうなったら逃げますよ」
このように傷つける意図がなかったと話しますが、包丁を突きつけられた店員はそんなことがわかるはずもありません。その恐怖は相当なものだったはずです。
パチンコ代が欲しかった、というだけの理由で彼は犯行に至ったわけではありません。もう1つの動機があったようです。むしろ、もう1つの方がメインと言っていいと思います。
その動機は「刑務所に入りたい」というものでした。
このような動機で犯罪を犯す人のことを俗に「志願兵」という呼び方をすることがありますが、彼も志願兵の1人でした。
「もうね、どうでもいいって思ったんですよ。へへっ。俺、もう73歳でしょ。それで結婚してない、子どももいない。将来の見通しもない。夢も希望もないんですよ。なんにもない。結局電気だって停められちゃって。へへへ。こんな生活やるくらいなら刑務所の方がいいですよ。シャバよりいい。食べるのだって困らないですし」
そしてこう付け加えました。
「もう俺なんて死んだっていいんですけどね。へへへ」
彼の言葉からはやはり反省は微塵も感じられません。更正する可能性があるとも思えません。
彼が電気の点かない暗い部屋にいる時も、盗んだ金でパチンコをしている時も、ずっと胸のうちに抱えていたであろう絶望を想うと、反省や更正といった言葉がとても空虚なものに感じられてしまいます。
強盗罪という重罪とはいえ数年後には出所になります。その後彼がどう生きるのか、そこに少しでも希望があるのか、それは現段階では誰にもわかりません。(取材・文◎鈴木孔明)