インテルラゴスに姿を見せたピエール・ガスリーは、明らかに不機嫌な表情を見せた。レッドブルがアレクサンダー・アルボンの2020年残留を発表し、自らは来季もトロロッソで走ることが決まったからだった。
「こうなるのは知っていたからサプライズではないよ」
不満顔ながらも、ガスリーはレッドブルでの苦しい半年間を経て戻って来たトロロッソで大きな成長を遂げることができたと振り返った。そのこと自体が彼の精神的な成長を表わしていた。
「僕がこのシーズン後半戦に知ったのは、F1がいかにチームスポーツであるかということだ。それが一番の収穫だった。僕はフォーミュラ・ルノーでレースを始めた最初のシーズンからどのカテゴリーでもタイトルを獲ったり上位で走ったりと順風満帆だったし、半年もの間ダメだったことなんて一度もないんだ。でもこの半年で苦境を乗り越えるためにクルマについてやチームがどう仕事をするのかということを学び、レースがチームスポーツだということを改めて強く学んだんだ。トロロッソとの仕事をとても楽しんでいるし、ここまで入賞4回を果たしてきたけど、この先ももっと楽しみたいと思っているよ」
金曜フリー走行2回目では突然エンジンがブローアップしてしまった。
このセッションで役目を終える予定の使い古しのエンジンだったとは言え、充分に走り切れるだけのマイレージはあると想定していただけにホンダ陣営にも動揺が走った。
トロロッソとしても、ロングランができなかったのは痛かった。そしてダニール・クビアトもターン12で突然マシンの電源が落ちるトラブルでスピンオフし、高温になったカウル内から煙が出たため大量の消火器を浴びて真っ白になってしまい、メカニックたちは粉塵マスクを装着して想定外の作業に追われることとなってしまった。
「エンジンが何の予兆もなく突然ブローアップしたんだ。少し走行時間を失ってしまったのは理想的ではなかったけど、マイレージの進んだ金曜日エンジンだったから大きな影響はないよ。ロングランでタイヤのキャラクターを確認できなかったし、ダニーの(ダニール・クビアト)トラブルもあって充分に走行できたとは言い難いし、いつもよりもハッキリとしたことが見えていない状況だ」
そうはいっても、シーズン後半戦に入ってマシンセットアップ面で着実な進歩を遂げてきたトロロッソは、限られたデータからSTR14をしっかりとセットアップしてきた。
予選でガスリーは中団グループ最上位の7番手に飛び込む好走を見せた。これはガスリー自身も驚きの結果だった。
「今回はトロロッソに戻ってきてからのレースで最高の予選アタックができたよ。ダニーのようにちょっとしたことで結果が大きく落ちてしまう大接戦の中団グループの中ではポールポジションだからね、上々の結果だよ。正直言ってこの結果はまったく想像していなかったんだ。予選ではライバルたちがエンジンのパワーを上げてくるからね」
■レース終盤、4位確保の方針から思わぬチャンス
シーズン後半戦に入り、トロロッソは着実に中団グループ上位を争う位置につけるようになった。それはマシンの持っているポテンシャルを確実にフルに引き出すことができるチームとしての安定感を身に着けてきたからだ。
ガスリーとしても、マシンが自分好みにピタリと合った状態になることの恩恵を感じている。それがガスリーの言うチームワークによるものだ。
「何かひとつ要因があるわけじゃなくて、色んな要素の組み合わせによるものだよ。クルマがまさに僕の望んだ通りの仕上がりになっている。エンジニアが僕を理解し、そういうクルマを用意できるようになってきたことが大きいんだ」
決勝ではメルセデスAMGの1台とフェラーリの2台が消え、最後のセーフティカーが出た時点でルイス・ハミルトンがピットインをしたためレッドブル・ホンダの2台に続いて3番手。
チームとしてはハミルトンが背後にいるだけにそのポジションが維持できるとは考えておらず、「リスクは冒さず確実にマシンをゴールへ運ぶんだ」とガスリーに4位確保の指示を送った。
ガスリー自身もそのつもりだったが、前でハミルトンがアルボンに接触し、2位が転がり込んできた。そして最終ラップはホンダの加速で最終コーナーからの加速競争を制し、ハミルトンを引き離しさえして2位でチェッカードフラッグを受けた。
それもこれも、ガスリーがずっと中団グループ最上位にいたから掴むことができたチャンスだった。
「レースが再開されてからはルイスの方がフレッシュなタイヤを履いているのも分かっていたし勝ちを狙って攻めてすぐに抜きにかかってくるのも分かっていた。でも僕も抜かれても『OK、でもできるだけ前にひっついていこう。何かが起きたときに掴めるように』って思って全力でプッシュし続けていたんだ。実際にそれがその通りになったというわけさ」
これまでのトロロッソは暑さに苦しみタイヤのデグラデーションが進んでしまうことが多かった。しかしブラジルでは日曜日だけが暑くなることが予想されていたため、いつも以上に慎重に予選よりも決勝に比重を置いてマシンセットアップを進めていたという。
そして日曜日は気温は高くなったものの雲が多く路面温度は予想されていたほど高くはならなかった。最も作動温度領域の高いタイヤアロケーションが持ち込まれていたこともトロロッソにとっては追い風になった。
■精神的に大きく成長を遂げたピエール・ガスリー
チーフエンジニアのジョナサン・エドルスはこう説明する。
「彼はトロロッソに戻ってきてから自信を深めているように感じられるし、マシンの特性が彼のドライビングスタイルに合っていることもその理由のひとつだろう。そして特に予選一発のパフォーマンスに優れていることもプラスに働いている。今シーズン我々はレースペースに苦しむことも少なくなかったが、特に今週末は予選よりもレースできちんとパフォーマンスを発揮できるように主眼を置いてセットアップを進めて来たんだ」
「特に我々は暑いコンディションで苦しんできたけど、今日は暑かったものの雲が出てくれたおかげでそれほど路面温度が上昇することはなかった。それも我々にとっては幸運だったんだ。そして今週末はピレリの中で最も硬くワーキングレンジが高いタイヤアロケーションだった。それもピタリとハマったんだ」
自身初の表彰台獲得に、ガスリーは獣のような雄叫びを上げて何度も拳を突き上げた。
それはただの歓喜ではなく、レッドブルで不合格の烙印を押されトロロッソへ降格させられた時点でもう永久に訪れることはないだろうと覚悟していた表彰台に立つことができたという歓喜であり、精神的にも技術的にも成長した自分の走りがそれを手繰り寄せ掴み取ったのだという大きな手応えでもあった。
「正直言って、シーズン途中にトロロッソに戻ることになってもうこんな夢が叶うとは思っていなかったよ。僕は自分にできることをただひたすらやるしかないと思ってチームとともにプッシュし続けてきた。チームのみんなにも『OK、僕らは自分たちにあるチャンスを最大限に生かさなきゃいけないよ』と言ってきたんだけど、まさに今日それが現実になったというわけだね。子供の頃からF1を夢見てきて今日こうして表彰台という夢が叶ったんだ。今まで生きてきた中で最良の日だよ」
この一歩はガスリーにとって限りなく大きな一歩となった。これから彼がどのような飛躍を見せるのか、楽しみだ。