【挑戦】都市近郊畜産(上)子牛高騰 繁殖で対応

繁殖によって誕生した和牛の子牛=横浜市戸塚区の小野ファーム

 「生まれたぞ」

 陣痛が始まってから2時間。雌の黒毛和牛から子牛が生み落とされると、従業員の声が牛舎に響いた。すぐにわが子の顔をなめ回す母牛。子牛は頭を起こし、ぶるぶると首を振った。「何回経験しても緊張する」。従業員らはまた1頭、和牛の繁殖が成功したことに安堵(あんど)した。

 JR戸塚駅から車で5分ほどの場所に、約2万平方メートルの敷地を構える小野ファーム(横浜市戸塚区)。戦後間もない1947年、乳牛1頭から酪農事業を始めた。

 現在は多角経営を進め、3代目社長の小野利和さん(56)が酪農によるアイス事業を、取締役の弟・浩二さん(54)が肥育による肉用牛事業をそれぞれ担う。搾りたての生乳を使ったアイスクリームや枝肉を県内や都内に供給し、乳牛と肉牛を合わせて約500頭飼育する県内屈指の牧場に成長した。しかし周囲では、廃業する畜産農家も少なくない。

 「ここ数年で倍近くまで上がった。これでは農家をやめる人も出るだろうし、継がせられないよね」

 20代前半から約30年間相場を見てきた浩二さんは、高止まりする肉用子牛の売買価格に危機感を抱く。

 一般的に肥育農家は、家畜市場で生後約8カ月の子牛を買い、20カ月ほど育ててから出荷する。だが農家の高齢化などで全国的に繁殖農家が減り、子牛が不足していることが要因で価格が高騰している。

 子牛の平均価格は10年間で約37万円から約80万円へと2倍以上になった。一方で成牛の枝肉価格も上がっているが、「子牛価格の上昇を吸収できるほどではない」(浩二さん)という。

 さらに、近年続く飼料の値上がりが農家の経営圧迫に追い打ちを掛ける。全国の肉用牛飼養戸数は10年間で約8万戸から約4万8千戸に半減した。「離農」が加速している。

 そこで同社では約3年前から和牛の繁殖を始め、子牛の出産から成牛の出荷までを手掛ける一貫経営に乗り出した。昨年末には初めて繁殖用の母牛が出産。今年に入り順調に繁殖を成功させており、浩二さんは「年間80頭の繁殖が目標」と語る。

 これまで年間120頭ほどの子牛を仕入れていたが現在は半分に減らせているといい、高騰する子牛価格の影響を最小限に抑えることができているという。

 ◇

 農家の高齢化、子牛価格の高騰-。畜産農家が直面している課題は年々厳しさを増している。そうした中、新しい手を次々と打ち、事業を拡大し続けている小野ファーム。消費地の近さを生かした戦略や新事業への挑戦から、都市近郊畜産業の可能性を探った。

© 株式会社神奈川新聞社