入院すれば家族養えぬ 第1部・そこにある病理 格差(1)貧困

代行運転の客待ちをする宮本さん。生活のためアルバイトを掛け持ち、通院の時間もない=11月5日夜、小山市

 時計は午前2時を回っていた。ネオンの明かりが残る小山市の繁華街。宮本徳己(みやもとのりみ)さん(54)は代行運転のアルバイトを終え、2人の子どもが待つ真岡市の自宅へと向かう。

 2人は高校生と中学生。自閉症で特別支援学校に通う。

 上の子は特に障害が重い。服を着るのを嫌がり、トイレで用を足せない。頻繁に掃除や洗濯をしなくてはならず、水道代だけでも月1万円はかかる。体重は100キロを超え、力も強い。義母が面倒を見てくれているが手に負えない。朝は宮本さんでなくては起こせない。

 妻は7年前、脳腫瘍で亡くした。

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 強い痛みが左足を襲う。耐えかねて、かかりつけ医に駆け込んだのは10月9日だった。診療所を訪れるのは7カ月ぶりのことだ。

 糖尿病を患い、10年以上になる。ついに悪化したのか…。そんな不安がよぎった。

 毎月の定期的な受診は、ほとんどできていない。血縁者に糖尿病患者がいる。合併症の怖さはよく知っている。加えて30歳のころ、水頭症を患い手術した。体内に入れた器具は20年で交換しなければならないというが、今もそのままだ。

 「自分のことは後回しにせざるを得ない」という。お金も、時間も、余裕がなかった。

 高校卒業後、父親の会社を経て独立した。10年ほど建設機械の販売業を営んだ。リーマン・ショックなどのあおりで廃業した。その後、会社勤めをしたこともある。妻の病気が分かり、通院のための休みを申し出ると渋られ、退職した。

 時間に融通がきくからと、今はアルバイトで生活費を稼ぐ。日中は建設機械の販売関係の事業所で、夜は代行運転に出掛ける。それでも足りず借金もしながらやりくりしている。

 「仕事を休めば1日分の1万円が稼げない。それで診療所に行けば1万円ほどかかり、計2万円の生活費が消える。家族が生活できなくなってしまう」

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 経済的格差は広がり、相対的貧困が社会にはびこる。予防医学を専門とする千葉大の近藤克則(こんどうかつのり)教授は、さいたま市内での講演で「低所得の高齢者ほどうつ状態になる割合は高い」と指摘。ほかにも非正規雇用者は、正社員よりも糖尿病網膜症の悪化のリスクが1・7倍高い(全日本民主医療機関連合会)、世帯収入が低いほど医療費を負担と感じ治療を中断する割合は高い(日本医療政策機構)など、さまざまな調査、研究が健康格差の実態を裏付ける。

 宮本さんの左足を診察した真岡西部クリニックの趙達来(ちょうたつらい)院長(62)は「組織崩壊の兆候はなかった」と、宮本さんに伝えた。一方で糖尿病の合併症で救急搬送されないのが「不思議なくらいだ」という。「運動や食事の管理をしてほしいが、生活が困窮し、子どもたちを抱え、どうすることもできない」 

 子どもたちが学校を卒業するまであと数年。宮本さんがつぶやく。「少なくとも卒業まではね。このまま、頑張ろうと思う」

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 わたしたちの身体をむしばむ病の要因は、細菌やウイルスなど生物学的な要素ばかりではない。貧困や孤立、労働環境、幼少期の過ごし方など、その人を取り巻く環境が大きく左右するケースも多い。現代社会特有の社会的な要因が健康を脅かす現状を追った。

 【ズーム】健康を脅かす社会的要因 世界保健機関(WHO)は健康を脅かす社会的な要因として、社会格差、ストレス、幼少期、社会的排除、労働、失業、社会的支援、薬物依存、食品、交通-の10の項目を示している。これらを科学的根拠のある「ソリッド・ファクツ(確かな事実)」と呼び、各国に対策を求めている。

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