「二郎インスパイア系」が成功しないのはなぜ?ラーメン戦国時代の生き残り策

一説によれば、現在日本では1日に30店ものラーメン店が開店しているそうです。大手チェーンから個人経営の小さなお店まで、常に新陳代謝を繰り返して新しいラーメンが生まれ続けているというわけです。

マニアが新たな名店を発掘する一方、格安で商品を提供する大手チェーンが駅前に次々と出店。私たち消費者としての選択肢は無限といっても過言ではありません。

そんな「国民食」の秘密に迫るべく、前編に続き、お話を伺ったのは、ラーメンプロデューサーとして独自の方法論をもとに400店以上のラーメン店をプロデュースしてきた藏本猛Jrさん。

藏本さんが今年10月に上梓した書籍『誰も知らなかったラーメン店投資家になって成功する方法』(合同フォレスト)にはラーメン店の「オ―ナ―」として資金を投資して稼ぐノウハウが示されています。ラーメン店の経営の裏側について伺った前編に続いて、後編では現在のラーメン業界を「経営」という観点で斬ります。

さまざまな味、見た目のラーメンが乱立するまさに「ラーメン戦国時代」にあって、上手な経営を実践しているラーメン店とは?


「こだわりすぎる店」はなくなる?

今ではそういう店も少なくなりましたが、かつてラーメンブームの時には人気のラーメン店が「私語禁止」「携帯電話禁止」「スープを残してはいけない」などのルールを定めていたというようなこともありました。

それが「おいしいラーメン=頑固」というイメージを生んだともいえるのですが、これからの時代、それではやっていけないと藏本さんは指摘します。

「そういう頑固なお店って、日本人しか行かないですよね。外国人には通用しない。ですが、これからの時代は日本人だけのパイだと成り立たないのではないかと思います。実際にそういう店はどんどん減っていると思います」

その背景には「何でもネットに書かれてしまう時代にそんなことやっていたらむちゃくちゃ叩かれる」(藏本氏)という時代の移り変わりもありますが、同時にラーメンそのものの変化も影響しているようです。

「今やラーメンの食材も、味のタイプも出尽くしています。業界は成熟期に入っているんですね。だから中華そばやワンタン麺など昔ながらのものに回帰しつつある。もはや味や材料で差別化はできなくなっているのに、そんなところにこだわって難しいルールをお客さんにも強要するというのではこれからは厳しい。今の時代に合ったことをやって、もっと先にいかないと」

前編でも語られたとおり、「今はおいしいのが当たり前」。ルールが厳しくてもその味を味わうために店に行く、という時代ではないのかもしれません。

「日高屋」はマネできない?

これまで400以上のラーメン店をプロデュースしてきた藏本さん。そんな「プロ」の目から見て、(「味」ではなく)経営がうまいラーメン店というのはどんなお店なのでしょうか?

まずは大手チェーンに絞って聞くとまず名前が挙がったのは「サラリーマンの心を掴んでいる」と評する「熱烈中華食堂 日高屋」(ハイデイ日高)。全国の一等地に展開し、税込み390円という価格で提供する「中華そば」が看板メニューのお店です。

「日高屋は経営が上手だと思いますね。まず場所がいいし、値段も安くて入りやすい。だから僕は近くに日高屋があると店を出さないことにしているんです。あそこと比べちゃうと500円でも高いと思われてしまうから。あのやり方はマネしようとしてもできない。中華そば390円はおそらく儲かっていないですよ。あれは広告費なんですよね」

一風堂や二郎に死角はあるのか

スケールメリットと立地のよさを最大限に活かした経営はさすがに個人経営では太刀打ちできないもののようです。一方、九州・博多発祥のラーメン店として国内のみならず海外でも有名な「一風堂」(力の源カンパニー)はどうでしょう?

「一風堂は以前と比べると高くなりましたよね。今の値段(定番の「白丸」790円、「赤丸」850円)であれは『どうかな』って思っています。ブランドが付いているからいいんでしょうけど、博多のラーメンってほぼ500円台なんですよ。それなのになぜあの値段になるのか。工場に変えたんだから(筆者註:セントラルキッチン方式で多くの店ではスープを作らなくなっている)本当は値段が下がらないといけないのに、逆に上がっている。それがいいとは思わない」

全国展開するチェーンでも、藏本さんの目から見るとその経営の考え方や発想には明確な違いがあるようです。では、チェーンではないですが、のれん分けした店舗が多数存在し、熱烈なマニアの支持を受けている「ラーメン二郎」については?

「ラーメン二郎は『二郎』っていう食べ物。あれはラーメンじゃないです(笑)。そういう意味で、あれに勝るものを作るのは無理ですね。熱狂的なファンがついているから、味だけをマネて『二郎インスパイア系』のお店を出してもウケないんですよ。やろうと思えば作れるんですが、プロデューサーとしては『やめたほうがいい』って言っています」

有名人の名前は効かない?

お店の「ブランド」ということでいうと、芸能人やスポーツ選手など、著名人が自ら飲食店経営に乗り出すという話も古くからあります。そうした中にはもちろんラーメン業界に参戦する人もいるわけですが、気づけばいつの間にか経営が悪化し、閉店を余儀なくされるお店も…。

藏本さん自身も、かつて著名人が経営したお店を引き取ってくれないかという相談を受けたことがあるそうです。

「ある元スポーツ選手がラーメン店を経営して、4店舗ぐらい出したんです。でもうまくいかなくて、それを買い取ってくれと。結局断ったんですが、話を聞く限り、やっぱりその人は何も知らないでやっていたんですよね」

さすがにネームバリューがあるので、開店直後は人が集まることも多いはず。しかしその人気は長続きしないということでしょうか。

「名前で人が来るから、勝算があると思ってやるんですけど、そううまくいくものではない。逆に有名人が経営しているんだけど、あえて名前を出さないことでうまくいっているという店もあるんです。後から『じつはあの人がやっているお店なんだ』って噂になるぐらいでいい。最初から名前で売ろうとしていると失敗しますよね」

ラーメン店で「ドンペリ」!?

これまで数々のお店を手掛けてくる中で、個性的なオーナーにもたくさん出会ってきた藏本さん。もちろんお店はオーナーのものなので、その経営方針はオーナーの自由。

とはいえ、ラーメンのプロからすると「なんでそんなことを……」ということをやってしまうお店もあるのだとか。一例を挙げてもらいました。

「新宿歌舞伎町でラーメン店をやりたいっていう人がいて、プロデュースしたことがあるんです。土地柄、夕方にオープンして明け方まで営業して、水商売の方が仕事終わりに来る。それはいいんですが、オーナーが『店にドンペリを置く』と言い出した」

ラーメン店に超高級シャンパンである「ドンペリ(ドン・ペリニヨン)」。確かに、あまり似つかわしい感じはしません。

「何を出してもいいんだけど、逸脱しすぎちゃうと何屋かわからなくなります。だから僕は『やめてくれ』と言ったんです。それでも置くということになったので、手を引いたんですが…。そうしたら半年ぐらいでその店はなくなってしまいました。やはりラーメン屋はラーメン屋の範囲の中でやるべきだし、歌舞伎町だからってドンペリを置いてもいいということにはならないんです」

個性を発揮しようとして妙な方向に走ってしまう…。思い出してみれば、そういうラーメン屋さん、たまにありますよね。「餅は餅屋」というのは、ラーメン店を経営する上でも大事なことなのかもしれません。

これからのラーメン店に必要なのは

では、ネームバリューや奇をてらったメニューに頼らずとも人気を博しているお店は、どんな経営努力をしているのでしょうか? 藏本さんはそのポイントとして2つの点を挙げます。

「まず、今はSNSなどで情報発信をしていかないとダメ。何もしないで100杯は売れないです。お客さんも名店を必死に探すという時代ではなくなって、ネットで検索して出てきた店に行く。その入り口を間違わなければちゃんとお客さんは来ます」

また、情報発信と同時に重要なのが、さまざまなお客さんに対応できるようにしておくということ。とりわけ近年増えている訪日観光客に対しては、きちんと対策を取ることが必要だと言います。

「たとえば、メニューなどを英語や中国語に対応したものにすること。細かいところでいえば、ラーメン屋の場合食券を券売機で買う方式の店が多いのですが、あの券売機の表示を3ヶ国語にするにはスペースが足りない。だから表示を変えられる液晶タイプの券売機にする必要があるのですが、高価なので導入できていない店が多い。しかも、ほとんどのラーメン店の券売機って現金にしか対応していないですよね。キャッシュレスにも対応していく必要があると思います」

逆にいえばそれらのポイントに対してきちんと対応策を取っているお店は人気が出やすいといえます。もちろん「味」と「人気」は必ずしも比例しないですが、生き残っていくお店には必ず理由があるもの。その理由を知れば、いつものラーメンの味も少しだけ違って感じるのではないでしょうか。

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