「コペン」にトヨタ・レーシングチームのDNAを注入、30万円の差で何が変わる?

軽自動車の老舗ダイハツのオープンスポーツモデル、コペンを、親会社であるトヨタのスポーツブランド「GR」の名で冠して売り出したスペシャルモデル「コペンGRスポーツ」。

コペンでも十分に楽しいクルマですが、そのさらに上行くGRとは、いったいどんな魔法を仕込んできたのでしょうか? じっくりと走らせてみましょう。


ダイハツが仕上げて、トヨタのスポーツブランドで売る初の試み

トヨタが世界中のモータースポーツに参戦していることは多分、多くの人に知られていると思います。その活動の中にあるのが「TOYOTA GAZOO Racing」です。トヨタのワークスチームとしてトヨタのブランド力を上げ、過酷なレースで得た数多くの情報を、市販車にフィードバックして生かすべく、頑張っているチームです。そのモータースポーツ活動の極限で培った技術と言うのは、別にトヨタのガチガチのスポーツモデルだけに必要なのではなく、ごく普通の市販車のレベルアップにも十分役立ち、だからこそ世界中のメーカーもモータースポーツへの参戦を行うわけです。

一方で「TOYOTA GAZOO Racing」では、トヨタのスポーツイメージを確立し、浸透させるために、チームのDNAを受け継ぐクルマを特別にカスタムして世に送り出してきました。それが「GRシリーズ」なのです。ちなみにGRは“GAZOO Racing”に由来したものです。私たちやクルマ好きと言われる人たちにとっては当たり前のブランドになっていますが、一般の人たちにはまだまだ浸透していません。

内外にはGRスポーツのエンブレムが輝いています

スープラ、86、ヴィッツ、CH-R、ハリアー、さらにはプリウスやミニバンのノアなどにもGRを冠したモデルはちゃんと用意されているのですが、残念ながら一般の人たちには馴染みの薄いブランドのはずです。言ってみれば本来ならメルセデス・ベンツのAMG、BMWのMシリーズのような存在だと考えてください。

ただ違うのは二子玉辺りにランチを食べに来る奥様たちですらAMGやMシリーズは知っていますが、GRシリーズを知っているのはほぼ皆無という点です。ここで少しばかり話がややこしいのは、GRスポーツはトヨタのブランドですが、コペンのGRスポーツを仕上げたのは、あくまでもダイハツの開発スタッフが中心というところなんですが、はっきり言いましょう。正直、一般のユーザーにしてみれば、そんなメーカー側の都合など関係なく、どんなクルマでどんな満足度を持っているかが問題なわけです。

今回は、トヨタの子会社であるダイハツの軽自動車「コペン」をベースにGRシリーズを仕上げたのです。コペンと言えば軽自動車ならではのコンパクトなボディの機動性の良さを生かし、同時にオープンスポーツを楽しもうというスポーツカーです。ダイハツが軽自動車の可能性を追求したひとつのスタイルがコペンです。それをGRシリーズとして仕上げて、238万円からという価格を付けて売り出しました。

さて、仕上がったコペンGRスポーツですが、ベースになっているダイハツ・コペンの高級グレード(ローブS)が209万円からですから、その差は29万円。

「なんだ30万円の違いかぁ」と言わないでください。軽自動車にとっての30万円の差というのは、支払総額の1割以上とも言えるほど、相当に大きな差なのです。コペンにとってGRスポーツは特別な存在と言えるのです。

見た目は確実にスペシャルコペン!

ブラックで縁取られているヘッドランプなどランプ類はLEDを惜しみなく採用

ではその30万円でどんな仕掛けを施されているのでしょうか。

まずは外観を見てみましょう。“Functional MATRIX”グリルと呼ばれるフロントフェイスは水平・垂直基調のデザインで精悍さを演出すると同時に、走りに効果的な冷却性能を発揮する場合も役立つデザインだそうです。確かに専用フロントバンパーとフロントグリルを与えられた見た目はノーマルよりスッキリとした印象になりました。また専用のLEDヘッドランプや専用LEDフォグランプなど低消費電力ながら明るい光を放つライト類が与えられています。明るく照らして視認性を向上させるだけでなく、デザイン面での効果も狙っています。

もちろんリアスタイルも専用LEDリヤコンビランプやブラック加飾にすることで後続車からの被視認性を高め、夜間走行時の安心感を高めます。こうしたボディパーツの多くは見た目の印象を変えるだけでなく、しっかりとした性能や安全性を確保するために用意されたアイテムですから“なんちゃってスポーツ”とは明確な線引きをしてもいい内容だと思います。

外観上でもう一つ目を引いたのは、BBS製の専用鍛造16インチアルミホイールが足下を引き締めていたことです。BBS製のホイールと言えばF1などでも使用される世界の銘品で、世界中の車好きにとっては憧れのブランドです。元はドイツ発祥のブランドですが、現在は日本で製造され、BBSジャパンが世界に誇ると言ってもいいホイールなのです。もちろんその性能は一級品で、見た目だけでなく、軽くより強靱さを持ったそのアルミホイールは、スポーティな走りには必須。コペンGRスポーツは見た目だけでなく、性能面でも“侮りがたし”と言っているようです。

次にインテリアですが、こちらもけっこうやってくれています。まず目に飛び込んでくるレカロのバケットシート。レカロの名前はかなり浸透していますが、こちらもシートの銘品と言える世界的なブランドで、ベースのコペンでも採用しているグレードもあります。しかし違うのはそのスポーツシートのバックレストには「GR」の刺繍ロゴが刻まれていることです。

腰、上体、肩をしかりとホールドしてくれるレカロ社製のシート。ヘッドレストにはレカロのロゴが輝く。

そのレカロシートですが肩口にもサポートワイヤーを内蔵し、急激な旋回時でもしっかりと身体をホールドしてくれそうです。またシート地の素材も滑りにくく、肌触りも上質なスエード調生地で、スポーツカーとして見た目も性能も申し分がありません。そしてGRロゴが輝くメーターパネルですがスッキリとしたアナログメーターで、走行中も視認しやすい専用自発光式3眼メーターで視認性もいい。

ところでこのコペンGRスポーツにはメーカーのエンブレムがありませんでした。本来ならダイハツなのでしょうが、トヨタのブランドを背負っている。何ともわかりにくいので広報に聞いてみました。すると、ダイハツでもなくトヨタでもなく「コペンGRスポーツ」という形でお願いします、とのことでした。

中身もぬかりなく、スポーツカーとしての仕上げ

リアバンパーもブラックを使い引き締めた印象になっている。これもGRスポーツ専用装備で、その下のは3本のフィンを備えた「ディフューザー」と呼ばれる装備が見える

内外装の見た目の仕立てはよく分かりました。しかし、ここまででは外観の変更だけに留まります。GRスポーツにとって、もうひとつ重要なのは走りの性能なんですが、よく見るとこちらも抜かりがなさそうです。まずは佇んでいるスタイルでは確認出来ないのですが「専用のボディ剛性アップパーツ」が骨組みに組み込まれています。

これを“ブレース”と呼ぶのですが、専用のフロントブレース、センターブレースなど追加しています。ボディがしっかりするとスポーツ走行なのでもボディ自体のねじれなどが軽減され、より確実な走りが出来るので、このパーツは走りに効果てきめんでしょう。

さらに、しなやかなスポーツ走行を確保するために力を注いだという専用チューニングショックアブソーバーと赤い塗装が施されたコイルスプリングと組み合わされています。このようにしっかりとしたショックアブソーバーも受け止める側のボディ剛性がヘニャヘニャでは、まさに猫に小判。だからこそボディのしっかり感と高性能のサスペンションとの組み合わせは必須要件なのですが、その辺も抜かりがなさそうです。

ここに与えられたのが660ccの直列3気筒ターボエンジンですが、こちらはノーマルのままです。64馬力を発生するエンジンですが当然これをチューニングすることは出来ます。しかし、そこには軽自動車の660ccの排気量規格と、軽自動車メーカー自らが設けた「最高出力64馬力以下」という自主規制の壁があります。このためにコペンGRスポーツのエンジンはノーマルのままです。

ここでもう一点、GRシリーズの交通整理をしましょう。GRシリーズには「GRスポーツ」と呼ばれるものと「GR」とスポーツの名の付かないモデルがあります。単純にGRと呼ばれるのは、より高度なチューニングを施されているモデルのことを言います。一方、コペンもそうですがGRスポーツと呼ばれるのはエンジンなどのチューニングは施さず、日常からスポーティな走りまで幅広く対応できるという仕上げになっています。

そのためGRスポーツの名の付くコペンは、エンジンには手が入っていません。それでも十分に楽しめるようにとチューニングされた足回りや専用パーツのボディ外観を持っているのですから、かなりの実力を持っていると思います。こうして出来上がったコペンGRスポーツはGRシリーズの末弟と言う事になるわけですが、その走りはけっこう刺激的でした。

高額なスーパーカーとはちょっと違う贅沢さ

走り出してすぐに感じたのはゴツゴツとした感覚でした。ボディがしっかりとした上にサスペンションも硬め、タイヤもスポーツタイヤとくれば当然の結果ですが、しばらく走ると慣れてきたというか、あまり気にならなくなりました。これまで乗ってきたスポーツモデルの中でことさらに不快ということもなく、納得できる乗り味です。いや、どちらかと言えばノーマルのスポーツモデル「S」の方がむしろサスペンションは硬く、GRスポーツの方はしなやかさをしっかりボディで受け止めている感覚で実に気持ちのいい感触。

世界の一流ブランド、BBS製アルミホイールを採用

街角でもステアリングを切り込むと、しなやかにピタリと狙ったラインに乗る感覚は実に小気味よく、楽しい動き方をしてくれるのです。ボディが小さいということもあるのですが、クルマの動きを完全にコントロールしている感覚がこちらに伝わってきてどんどん楽しくなります。もちろんルーフを開けていますから、街角の風を感じながらキビキビドライブです。

次にルーフをひとまず締めて高速へと入り込みます。スチールルーフをクローズドにしていますから、スポーツクーペということになります。風切り音も小さく快適な高速走行ですが、なんとも言えなく直進性がとてもいいのです。横風の強いアクアラインの上でも、あまりステアリングが取られることもなく、軽やかに進んでいきます。

そしてここでレカロシートの気持ちよさに改めて気が付きました。コーナリングでのサポートはもちろん、レカロの良さは高速などのクルージングの時にもシートのサポート製の良さを感じることが多いのです。ピタリと体を支える感覚で走り出すと疲労感も少なく、快適なクルージングとなるのですが、コペンGRスポーツもまさにその感覚です。

そしていよいよワインディング。ここで再びルーフを開けます。実はボディの剛性を保つためならルーフは閉めている方がいいのですが、郊外の気持ちのいい風景を眺めながら走るのですからオープンが一番です。フックを外し電動ルーフの作動スイッチを操作して20秒ほどで、本当に気持ちがいい秋の空が頭上に広がりました。

約20秒でルーフは収納され、オープンとなる

そこですぐにアクセルをグッと踏み込んでスタート。次々とコーナーを駆け抜けていきます。そのステアリング感覚は素直そのもの。しなやかでしっかりと路面をグリップしてくれるサスペンションのお陰で、なんとも言えない安定したオープン走行を存分に楽しむことが出来ました。

別に飛ばす必要もありませんがせっかくのGRスポーツですから、少しばかりハードに走ってみたのですが、乱れることがないのです。いや、少しぐらい乱れても立て直しが楽で、コントローラブル。気が付くとニコニコしながら郊外を走っていました。これこそがスポーツカーたるゆえん。

クルマを止めて少し考えてみました。

本来、軽自動車を求める多くのユーザーにとって、このコペンGRスポーツのような走りの性能は不要なものかもしれない。よりリーズナブルに、より便利でより実用度の高いクルマを求めたところに、軽自動車が存在している。一方、コペンGRスポーツにあるのは、すでに軽自動車と呼べないほどの高額なプライスと走りの気持ちよさという、およそ実用とはかけ離れた価値。

これを軽自動車の魅力としてお金を支払うのは、ある意味相当な贅沢と言うことになる。贅を尽くした高額なスーパーカーの贅沢さとは、まったく異質で違う贅沢な感覚をコイツで味わうことになるのかと思うと、少しばかり嬉しくなりました。

そしてなにより、30万円の価格アップで、ここまで贅沢な気分にさせてくれるコペンGRスポーツは、この時期には嬉しい“お買い得な福袋”と言っていいのかも知れません。

© 株式会社マネーフォワード