「サッカーコラム」リーグ最多得点の理由、それは J1横浜Mを支える「シンプルな約束事」

川崎―横浜M 後半、ゴールを決める横浜M・エリキ。右はGK鄭成龍=等々力

 令和の初代チャンピオンが決まる可能性があった11月30日のJ1第33節。川崎市の等々力競技場で現王者・川崎を相手に次々とゴールを奪う首位・横浜Mの戦いぶりを見ながら、2位に付けるFC東京の途中経過をネットで検索する人々の姿が目立った。FC東京は1―1の引き分けで終え、横浜Mがこの日に栄冠を手にすることはなくなった。

 それにしても、何ともすさまじい攻撃力だ。川崎に4―1の快勝。最終節に組まれたFC東京との直接対決を前に得失点差を7点に広げ、15シーズンぶりとなる横浜Mの優勝は限りなく近づいた。

 1試合平均でほぼ2ゴール。横浜Mは川崎戦終了時でリーグ最多の65得点を挙げている。ちなみに今シーズン無得点に終わったのはわずかに5試合。それもシーズン序盤だけで、6月以降にゴールが生まれなかった試合は1試合だけ。その意味で中盤以降は、横浜Mの試合を見に行けば必ずといっていいほどゴールの喜びを味わえたことになる。

 「1点をリードしても守りに入るということはない。2点目、3点目、4目と取りにいく。そういう共通理解でやっている」

 チームのコンセプトをそう表現するのは、GK朴一圭。超攻撃的サッカーは自在にポジションチェンジを繰り返す。この日、後半4分に右サイドバックの松原健がエリキに見事なスルーパスを通してチームの2点目を挙げたが、松原がいたのは何とトップ下。この松原は見せた動きにチームコンセプトが凝縮されていた。

 「ポステコグルー監督のサッカーを理解するまでは難しかった」。選手たちは口をそろえる。「微に入り細をうがつ」設定が施されたチームの約束事。その中で、単純で古典的なプレーがある。それがサイドを使った際の攻撃方法だ。

 川崎戦の前半8分の仲川輝人の1点目、後半24分のエリキの3点目は、サイドこそ違うものの同じ形から得点が生まれている。1点目は左サイドのマテウスがDFを抜き去った直後に入れたマイナスのセンタリングを仲川が体に当てて押し込んだ。3点目は大津祐樹のスルーパスで右を抜けた仲川がダイレクトで送り込んだマイナスのラストパスを、エリキがワンタッチでゴールにたたき込んだ。

 サイドからの攻撃でゴールが一番生まれる可能性の高いのは、マーカーを抜き去ったウイングがGKとDFの間にあるスペースに速いタイミングでボールを入れることだ。スピードに乗ったウイングがボールを入れれば、DFの視線は自然と外を向く。攻める側にとっては、マークが外しやすくなることを意味する。また、DFは自ゴールに向かって走る体勢が多くなるのでオウンゴールの可能性も高まる。中央で合わせる味方も、マイナスのボールならシュートのタイミングもとりやすい。シンプルながら効果的な、昔ながらのウイング攻撃。横浜Mはこれで数多くのゴールを奪っているのだ。

 しかし、Jリーグ全体に目を移すと、いまだライン際で“無駄な切り返し”が行われている。確かに切り返してマーカーを置き去りにすれば、本人は気分がいいのだろう。だが、中央で待つ味方はいつボールが入って来るのか分からないのでタイミングが取りづらい。加えて、切り返す度に動き直さなければならないからだ。そして、ようやく放たれたボールがゴールに向かうものだったら、DFに競り勝つ可能性は限りなく低くなる。

 横浜Mをはじめ、多くのJチームが採用する4―2―3―1システム。1998年ワールドカップ(W杯)フランス大会と2000年の欧州選手権という主要大会を連覇したフランスが採用したことで、このフォーメーションは世界中に広がった。それとともに、サイドにはカットインして直接ゴールを狙える選手を置く傾向が強くなる。具体的には、左サイドに右利きのシューターを起用するようになったのだ。代表格がフランスのアンリやイタリアのデルピエロだ。

 そのイメージにならっているのだろう、この日の川崎も右には左利きの家長昭博、左には右利きの阿部浩之が配された。阿部に関しては少なくともシュートに対する意欲も、シュートの正確性も持ち合わせている。ただ、今季はまだリーグで得点のない家長も含めてアウトサイドに入るJリーガーは基本的にシュートに対する意識が希薄だ。さらにスピードに乗って縦に突破したとき、利き足が逆なのでクロスを直接上げることも少なく、大半は切り返すプレーを選択してしまう。

 対照的に、リーグ最多得点を記録している横浜Mの攻め方は極めて簡潔。右利きの仲川が右サイドで、左利きのマテウスは左サイドに位置する。そして、縦に抜けてマーカーを外したら迷わず利き足で精度の高いクロスを放つ。ともに得点ランキングトップの15点を挙げている2人、161センチの仲川と167センチのマルコスジュニオールに加え、170センチのエリキと167センチのマテウスが勢いよくゴール間に飛び込んで行けば、高さがなくても大きな問題ではない。触れば1点なのだ。

 横浜Mの攻撃は複雑なようで、最終局面はとても分かりやすい。サイドから走り込んだタイミングでボールが入ってくれば、得点の可能性は高まる。

 大切なチームの約束事はシンプルなほうがいい、のだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。

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