広島から日本政府を問い始めた若者たち

 核兵器禁止条約に背を向ける理由、議員に直撃

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被爆から74年の「原爆の日」の原爆ドーム=2019年8月6日、広島市

 核兵器の保有や使用を法的に禁止する「核兵器禁止条約」が成立し、推進した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が、その年のノーベル平和賞を受賞してから2年がたった。発効に向け批准国が徐々に増える中、日本は条約への反対姿勢を崩さない。そんな政府の態度に疑問を感じた被爆地・広島の若者らが立ち上がった。県ゆかりの政治家に直接会いに行き、こう問いかける。「核兵器禁止条約に日本は署名・批准するべきだと思いますか」(共同通信=野口英里子)

 ▽不参加の「被爆国」

広島市の平和記念公園で演説するローマ教皇フランシスコ。後方は原爆ドーム=2019年11月24日

 核兵器禁止条約は、核兵器の開発、実験、保有などを全面的に禁止する条約。2017年7月、国連で122カ国の賛成により採択された。条約発効には50カ国・地域の批准が必要で、19年11月現在、34の国・地域が手続きを終えている。

 しかし唯一の被爆国である日本は、核保有国が加わっていないことなどを理由に条文の交渉段階から参加しなかった。11月に長崎、広島を訪れたローマ教皇が、演説で核兵器に頼る安全保障を否定したことを巡り、菅義偉内閣官房長官は「核を含む米国の抑止力の維持、強化がわが国の防衛にとって現実的で適切な考え方だ」と従来の見解を強調した。

 ▽「分かり」「沸かせ」たい

 条約発効を後押ししようと奮闘するのは「核政策を知りたい広島若者有権者の会」、略称「カクワカ広島」だ。広島や東京に住む10~40代の男女約20人が、広島県選出または出身の国会議員に手紙や電話でアポイントメントを取り、直接会って条約への賛否や日本が批准する条件などを問う。対話を通じ、核廃絶に向けた行動を促す。

国会議員との面会の前に打ち合わせをする「カクワカ広島」のメンバー=広島市

 19年1月に発足し、今年11月までに自民党、公明党、国民民主党、共産党、無所属の計6人との面会が実現した。各国の議員に対して条約発効への努力を促すICANの「国会議員誓約」について、理念に賛同した議員に、日本の議員として初めて署名をもらう成果も上げた。

 カクワカの「ワカ」には「若者」だけでなく「分かりたい」「(議論を)沸かせたい」という思いも込める。核問題への一般の関心を広めようと、面会依頼に対する返答の有無や、面会時の議論の内容をSNSで随時公開。不定期で報告会も開いている。

 ▽会って聞いてみよう

 メンバーの肩書は、会社員、シンガー・ソングライター、大学生などさまざまで、県外出身者もいる。名前は「有権者の会」だが、まだ選挙権のない17歳の高校生もいる。それぞれのバックグラウンドを持つ彼、彼女らを結びつけるのは、核廃絶を願う市民として抱く素朴な疑問だ。

 核廃絶の先頭に立つべき日本が、なぜ条約に背を向けるのか―。

自民党の平口洋衆院議員(右)の事務所で核政策について質問する「カクワカ広島」のメンバー=広島市

 「分からないなら、聞いてみよう」。口火を切ったのは広島市内で社会問題について語り合うカフェを営む安彦(あびこ)恵里香さん(40)だ。「被爆地から選ばれた議員として核廃絶を望むなら、その思いを表明してほしい」。広島1区選出で自民党の重鎮、岸田文雄衆院議員に対する不満がくすぶっていた。

 「岸田氏に会いに行こう」。友人らに呼び掛けると仲間が集まり、ICANのロビー活動のように、岸田氏以外の県選出議員にも働き掛けようと話が進んだ。仕事や学業の合間を縫ってアポ取りやミーティングをし、少しずつ約束を取り付けていった。

 11人いる与党議員のうち、依頼に応じたのは衆院の自民・平口洋議員(広島2区)、同・小林史明議員(広島7区)と、公明の斉藤鉄夫議員(比例)の3人。核保有国が参加していないことなど、政府が挙げる条約の問題点を強調する一方で、「理想的には条約に賛成」「保有国も加われるよう日本は努力すべきだった」など、微妙に異なるそれぞれの思いに触れた。

 有権者と政治家が政策について意見を交わす―。代議制民主主義の本来あるべき姿だが、実行する人は少ない。会社員をしながら代表を務める田中美穂さん(25)は「活動してみて『行動すれば何かは変わる』ということを学んだ。わたしたちの姿を見て、他の人にもそのことを知ってほしい」と語る。

 ▽地道に

 活動開始からまもなく1年。「議員に核廃絶について真剣に考えさせる機会を創出できている」と手応えを感じている。だが、議員側の多忙を理由に、日程調整は難航中だ。県選出議員14人全員との面会を達成する日はまだ見えてこない。田中さんは「実績を地道に積んで、無視できない雰囲気をつくっていくしかない」と前を向く。

ICAN共同創設者のティルマン・ラフ氏(右から2人目)を迎えて行った勉強会(カクワカ広島提供)=19年10月25日、広島市

 より意義深い対話を目指し、ICANの川崎哲(あきら)国際運営委員らに協力を得ながら、核問題の有識者に会うなどして勉強も重ねる。田中さんは、17年のノーベル平和賞授賞式で被爆者として初めて演説をしたサーロー節子さん(87)とも交流。「議員の意見を聞くことはとても大切」と激励を受けた後、握手を交わして、核廃絶に向けて共に努力することを約束した。

 条約の存在自体を知らない人も多く、世論の喚起も急務だと感じている。ローマ教皇来日の1週間前には勉強会を兼ねた報告会を開き、参加者約10人と教皇が被爆地を訪れる意味や活動の広げ方について議論。教皇に手紙を書くと宣言した。

 順調に批准国が増えれば、被爆75年となる20年中にも条約は発効し、1年以内にオーストリアのウィーンで第1回締約国会議が開かれる。その暁には、カクワカもウィーンに飛び込むつもりだ。

 ▽取材を終えて

 まっすぐで、自由。カクワカの端的な印象だ。2019年7月の参院選に合わせて取材を始めて以来、ミーティングや報告会に通っている。「核兵器」という最大の国際問題を扱いながら、みんな楽しそうに見える。語弊を恐れずに言えば、世界平和について仲間と議論した大学時代に戻ったような気持ちになる。

 「核」は日本の安全保障の根幹に据えられている。「若者が理想を語っているだけ」と冷ややかな目で見る人もいるかもしれない。この運動で政府の考えをすぐに変えられると信じるほど、メンバーもナイーブではない。それでも彼・彼女らがいきいきとしているのは、批判を恐れず、国民として持つ権利を当然のものとして行使しているからだろう。「政治と市民の垣根を低くしたい」と語った田中さんの力強い瞳は忘れがたい。

 カクワカの歩みは始まったばかり。若者の純粋な思いに、政治家が誠実に応えるのか否かこれからも注視していきたい。市民と政治をつなげるのはメディアの役割の一つ。その使命を全うできているか、自分自身を顧みることを忘れないでいたい。

議員へ送る手紙を書くカクワカ広島の安彦恵里香さん(左)と田中美穂さん