『彼方のゴールド』大崎梢著 壁に向かってゆく者たち

 主人公の明日香はスポーツ誌の新人記者だ。スポーツをやることも観ることも縁遠かった彼女が、ある日突然、人気スポーツ誌「Gold」の編集部に異動になる。先輩社員や外注カメラマン、そして取材対象であるアスリートたちと接するうち、少しずつ成長を遂げてゆく物語だ。

 スポーツが得意でなかった者、つまりスポーツから愛されなかった者の視点から、スポーツが語られる。本書の強みはそこにある。「スポーツ」を語るとき、本書の語り手は「当事者」ではない。だからこそ、感じる不思議。抱く尊敬。見えるきらめき。そのまぶしさ。この本は、それらでできている。

 成長を遂げるにつれ、明日香にとってスポーツが他人事ではなくなっていく。明日香自身が幼少期に通った、スイミングスクールで見た光景が思い出される。自分と一緒に気軽に始めたはずなのに、どんどん目の色が変わっていった友の記憶。スポーツが、大切な友から笑顔を奪う。タイムってなんだ。記録ってなんだ。明日香は唇を噛む。

 不意のアクシデントも、競技者にとっての大きな壁だ。どんなに努力をしていても、必ず報われるわけではないのがスポーツの世界。突然降ってくる不運の大雨に、じっと耐えるほかに為すすべはない。

 一方で、明日香自身の人生の障壁も描かれる。決定していた取材が中止になったことを、ライターもカメラマンも知っていたのに、自分にだけ知らされなかった。その取材の代案は、担当である明日香ではなく、編集部のデスクに送るからとライターから告げられる。新人である明日香にはどうすることもできない。

 スポーツも、人生も、ままならない。それでも顔を上げて、技術を磨き続けるアスリートたちに、明日香は出会う。彼らの活躍を信じ、見守る取材者たちにも。取材者たちの仕事の主軸をなすのは、祈りだ。取材対象が光に向かって凛と立つ、その瞬間を祈る気持ちが筆を進ませる——つい、熱くなってしまう。私もかつて、ものを作る人たちに迫る取材者だった。決して手の届かないところにいる人たちへの祈り。それがすべての原動力だった。

 中盤以降は、一気読み必至だ。明日香の仕事ぶりが、ぐんぐんと色を変える。目指すものを、目指し続けられなかった者のニガさも描かれる。けれど、ひとつ、言えること。祈りは、通じる。すべての仕事人に届けたい、勇気の一冊である。

(文藝春秋 1450円+税)=小川志津子

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