水泳教室、ベトナムに進出 川崎のスイミングクラブ

ベトナムの子どもたちに正しい泳ぎ方を丁寧に教える鮎澤さん=ベトナム・ハノイ(鮎澤さん提供)

 途上国の子どもたちを水の事故から救いたいと、川崎市のスイミングクラブが新たな挑戦に乗り出した。サギヌマスイミングクラブを運営するエスアンドエフ(宮前区)が、子どもの水難事故が問題視されているベトナムに新クラブを設立。泳ぐ楽しさを伝えながら、同国内に水泳の文化を根付かせようと奔走している。

 「バタ足をする時はあまり膝を曲げないで」「頭を動かさないように気を付けて泳いでみよう」─。

 ベトナムの首都ハノイにある「フジスイミングクラブ」。現在は4人の小学生を含む8人の生徒が日々泳力を磨いている。2019年8月にできたばかりの新興クラブ。自前のプールはまだないが、コーチたちの情熱は変わらない。一人一人のレベルに合わせたメニューを提案し、マンツーマンで徹底指導している。

 「ベトナム人はあまり水泳になじみがなく、学校にもプールがないのが当たり前。それでも泳げるようになりたいという子どもはたくさんいる」。フジスイミングクラブの社長、鮎澤貴孝さん(36)は実感を込める。同クラブでは鮎澤さんや現地で雇ったベトナム人ら4人のコーチ陣が水泳の魅力を発信している。

 世界保健機関(WHO)によると、ベトナムでは年間2千人超の子どもが水の事故で命を落としているという。日本と比較するとその差は歴然としている。厚生労働省がまとめた17年の人口動態統計では、溺死した子ども(14歳以下)は48人だった。

 悲惨な事故が頻発する理由の一つとして、子どもの泳力不足が指摘されている。「正しい泳ぎ方を教わることなく、自己流になってしまっている。長い距離を泳げず、流れの強い川で溺れてしまうケースが多い」と鮎澤さんは説明する。子どもたちの命を守ろうと、一念発起して日本を飛び出した。

 だが、始まりは順風ではなかった。「日本と違ってベトナムには自由に使えるプールがほとんどない」と鮎澤さん。数少ないプールを見つけ出しては、練習で使用できるようオーナーと交渉する。その繰り返しだった。生徒集めもひと苦労。「ベトナムからすればうちなんてまだ外国のよく分からない会社」。街中に看板を掲示するなど地道な宣伝活動を続けてきた。

 現地法人の責任者としてだけでなく、一人の指導者として、絶対に成功させたかった。16年前、入社試験で鮎澤さんは原稿用紙に熱い思いをぶつけていた。「いつか途上国の子どもたちに水泳を教えたい」。月日がたち「ずっと忘れていた」(鮎澤さん)というが、導かれるように一大プロジェクトを指揮する立場となって、あの頃の情熱がよみがえってきた。

 活動の幅は徐々に広がりを見せている。現地の小学校と提携して水泳の授業のサポートを行っているほか、放課後には水泳教室も開催。「水泳文化の発展には現地の大人たちに正しい指導法を伝えていくことも重要」(鮎澤さん)と、指導者の育成にも力を入れていくつもりだ。

 「最初は事故防止の目的で習っていた子が『もっと泳げるようになりたい』と水泳を楽しむ気持ちに変わってくれた時が一番うれしい」と鮎澤さん。来夏までに自社専用プールを建設し、2年後に10校の開校を目指している。「1校400~500人の生徒を集めたい。いつでもプールに行ける環境をつくって、多くの子どもたちに水泳を好きになってほしい」

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