日韓首脳会談、3点セットで包括合意か 拭えぬ文政権への不信感、決着先送りも

By 内田恭司

安倍晋三首相、韓国の文在寅大統領(ロイター=共同)

 安倍晋三首相と文在寅大統領による日韓首脳会談が今月24日にも中国・成都で行われる。元徴用工訴訟判決、日本の輸出管理強化、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)延長の三つの問題をセットで解決できるかが焦点だ。韓国側の期待感は増しているが、文政権に対する日本側の不信感は拭えない。日韓関係の改善に向けて包括的な合意に至るのか、それとも決着の先送りで終わるのか、会談の成否は五分五分だ。(共同通信=内田恭司)

 ▽経産相も会談へ

 首脳会談に向けての段取りはほぼ整ったと言っていい。日本が韓国を輸出管理での優遇対象国(ホワイト国)から除外したことなどに絡み、今月16日に当局間の局長級幹部が貿易管理を巡って意見交換する政策対話を3年ぶりに東京で開催。首脳会談直前の22日には、北京で経済産業相会談を行う方向だ。

 日本は韓国に輸出された、大量破壊兵器製造にも利用できる戦略物資の管理に安全保障上、看過できない問題があったとして7月、フッ化水素など3品目を輸出許可制にした。「北朝鮮やイランに流出し、生物化学兵器の製造に転用された可能性が高い」(経済官庁幹部)と見ているのだ。

 韓国側は「日本側の疑念と誤解」(韓国政府関係者)を解くべく、輸出管理の現状を総点検。さらに厳密に実施していくため人員を拡充し、態勢も強化したという。政策対話ではこうした状況を説明し、日本側の前向きな判断を引き出したい考えだ。

輸出規制を巡る日韓の局長級会合に臨む、韓国産業通商資源省の李浩鉉貿易政策官(左)と経産省の飯田陽一貿易管理部長=16日午前、経産省(代表撮影)

 最大の懸案である元徴用工問題では韓国内で、日韓両国の企業と個人の自発的な寄付で基金を作る文喜相国会議長案が、国会審議に向けて立法化される見通しだ。韓国政府関係者によると「文大統領と意思疎通した」(日韓関係筋)上でまとめたもので、単なる私案ではないのだという。

 議長案には、与党「共に民主党」だけでなく最大野党「自由韓国党」も基本的に賛成だ。与野党一致で立法化作業が進み、年内にも法案を提出、通過ということになれば、国会の意思として問題解決に踏み出すことになる。

 ▽水面下で意思疎通

 日本側の受け止めはどうなのか。元徴用工問題を巡る文議長案に対し、自民党内からは「結局は日本企業がカネを出すことになる」(中堅)といった批判が出る。外務省でも「日韓請求協定により解決済み」とした日本の公式見解に照らし、慎重論が少なくない。

 だが、日本政府関係者によると、文議長案は「日韓両国の有識者らがどういう内容であれば双方が受け入れられるのか意見を交わし、その成果を盛り込んでいる」のだという。韓国側は、本国の外務省や在京大使館の幹部らが、首相官邸の主要スタッフをはじめとする「日本側の要路」に接触。説明と説得を繰り返してきた。

 大きいのは、日韓議員連盟で幹事長を務める自民党の河村建夫・元官房長官の動きだ。文議長案が明らかになったのを受け、河村氏は11月上旬、安倍首相と官邸で会談。議長案は日韓請求権協定に反せず、一考に値するとの説明に、首相は「日韓間の約束」が守られることを条件に、前向きな反応を示したという。

 同じ関係者によると、韓国がGSOMIA失効の当面の回避を決めた11月22日以降、日韓間の水面下の対話が加速。首相側近の今井尚哉首相補佐官と、南官杓駐日大使が中心になり、日韓首脳会談をにらんで「意思疎通を重ねている」と明かす。

経団連と韓国の経済団体、全国経済人連合会が開いた定期会合=11月15日、東京・大手町の経団連会館

 財界も柔軟になってきた。経団連と韓国の経済団体、全国経済人連合会(全経連)は11月15日、東京都内で2年ぶりの定期首脳会合を開催した。懇親の場では、文議長案を巡り「日本製鉄と三菱重工など訴訟の被告企業を除き、日本企業もカネを出してもいいではないか」との意見が出たという。

 首脳会合で発表した「日韓両国の経済協力を一層拡大・深化させ、世界経済の発展に寄与する」との共同声明は、日本が輸出管理強化を解除し、韓国をホワイト国に再指定することを念頭に置いているのは明らかだ。

 米国の在京大使館筋は「情報収集した成果」として、韓国側に「日本は早ければ12月中にも韓国をホワイト国に戻す決定をする」と伝えた。関係修復に向けて日韓両国が急速に動き出した背景に、非核化を巡り緊張が増してきた北朝鮮情勢をにらみ、日米韓3カ国の連携を強化したい米国の意向があるのは間違いない。

 ▽日本負担は150億円?

 だが、元徴用工問題で超えるべきハードルは、やはり高いと言わざるをえない。一つは、原告団が文議長案について「日本側の法的責任を前提としておらず、謝罪もない」として、撤回を強く要求していることだ。韓国の世論調査でも賛成は3割超しかなかった。

 無理に法制化を進めれば国内の反発は必至で、来春の総選挙を前に文大統領の支持基盤が割れる恐れがあるため、今後の作業は難航が予想される。

11月27日、ソウルの国会前で開かれた元徴用工問題を巡る文喜相国会議長の法案への抗議集会(共同)

 日本側からすれば、そもそも議長案の内容には問題が多い。慰謝料や慰労金の支給対象として、これから日本企業を提訴する人を含めて約1500人と想定。計300億円近い資金が必要だとしているが、この人数で終わる保証はない。

 仮に日本側の負担を半額の150億円と試算しても、これだけの寄付が自発的に集まるのか疑問だ。安倍首相の支持層も黙っていないだろう。

 慰安婦財団を土台にして、基金を管理する財団を創設するのも問題だ。議長案は、日本政府が支出した10億円の残額5億円も元徴用工救済に充てるとしており、これだと日本政府が事実上の賠償金を払うのと同じになる。

 これらの問題がクリアされず、日本の意向が反映されないまま文議長案が立法化されても、日本がそのまま受け入れるのは難しいだろう。反動として韓国の反発が強まり、日韓関係の亀裂はさらに深まりかねない。

 しかも、ここにきて日本が韓国への不信感を強める動きが相次いだ。文大統領側近の大統領補佐官が4日、韓国内での国際会議で「このまま在韓米軍が撤退したら、中国が韓国に『核の傘』を提供するのはどうか」と述べたのだ。

 米韓同盟を破棄し、事実上の中韓軍事同盟を視野に入れているとも受け取れる発言で、日本政府は「看過できない」(外務省幹部)として真意の確認を急いだ。

 さらに韓国政府は、SNSの公式アカウントで、「旭日旗は憎悪の旗」との発信を開始。茂木敏充外相は「極めて残念」と抗議したが、対応に変化は見られない。

韓国政府公式アカウントのツイッター画面。「旭日旗は憎悪の旗だ」と書かれている(共同)

 ▽自民党内に拙速批判も

 日韓両政府は首脳会談の最大限の成果として①文議長案で元徴用工問題を解決②日本が韓国をホワイト国に再指定③韓国はGSOMIAを1年延長―の3点セットでの合意を想定する。さらに文大統領の東京五輪出席と、日中韓首脳会談に合わせた安倍首相の訪韓によるハイレベル往来の推進と、観光など人的交流の拡大でも一致したい考えだ。

 だが安倍政権内には、さまざまな懸念が解消されず、韓国への不信感も募る中で全面的な解決を図るのは、自民党を中心に「拙速すぎる」(中堅)との声が少なくない。

 結局、首相官邸内で慎重論が強まり、首脳会談は早期の包括的解決に向けた対話加速で一致という「玉虫色」の合意に終わる可能性もありそうだ。

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