イギリスの貧困や格差は他人ごとではない、英在住ブレイディみかこさんが語る現実

イギリス在住の中学生の生活を母の視点で綴ったエッセイ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。

人種差別や子どもの貧困など、学校で起きるさまざまな問題を鮮やかに綴った本書は、2019年6月の発売からじわじわと人気を集め、11月には全国の書店員の投票で決まる「Yahoo!ニュース 本屋大賞2019」のノンフィクション本大賞も受賞しました。

一見、育児エッセイともとられがちなこの作品。しかし、著者のブレイディさんも受賞の言葉として「『いま世界に何が起きているか』ということは、地べたの風景にこそ浸み出しています」と答える通り、母と子の生活を通してイギリスが抱える経済の問題や教育事情が浮かび上がってきます。

そこには日本に住む私たちにとって、人ごとではない「子どもたちの未来」がありました。


教育のおかげで自分の意見が言える子どもが育つ

――テンポがよくグイグイと読み進めていくなか、後半に出てきた環境デモの話が特に印象に残りました。2019年9月に行われた国連気候行動サミットをきっかけに日本でも報じられるようになりましたが、その一方で「日本では子どもたちが積極的にそれを議題にして話し合ったり、行動に起こしたりする文化が根付くのが難しい」ともいわれました。

ブレイディみかこさん(以下同):イギリスの公立中学にはシティズンシップ・エデュケーションという授業があります。社会に出るための知識やスキルを子どもたちに身につけさせることを目的にしているのですが、その授業で気候変動の問題やスウェーデンのスクールストライキについて取り上げたそうです。

だから、息子は当たり前のように「グレタ(・トゥーンベリ)が言っていることは基本的に正しい」って言ってます。学校のみんなもそう言ってるって。

――自分の意見が言えるようになるのは、国民性よりも教育の影響なのでしょうか?

教育でしょう。イギリスでは16歳になるとGCSE(General Certificate of Secondary Education)という義務教育修了試験を受けるのですが、国語の一環としてスピーチの試験があるんですよ。

自分で原稿を書いて、スピーチしたものを録画して試験官に送るんです。いま息子たちはその準備を始めているんですが、スピーチの内容は摂食障害やLGBTQ、ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)など、各自興味があるテーマを選びます。世の中で起きていることを子どもにも考えさせて、それを書かせて発表させるというのはいいことだと思います。

――中学生でそんなに難しいテーマを扱うんですね。

歴史の授業でも同じようなことをやります。たとえば、女性参政権運動について。「女性が参政権を得られたのはサフラジェット(活動家)の成果か、それとも第一次世界大戦で軍需工場に借り出されて女性の地位が向上したせいか。自分がそうだと思うほうを選んで、それを裏付ける理由を述べよ」というような問題が出ます。

正解はどちらでもいいんですよ。イギリスの中学で習っていることって捨て置けないですよ。こういう訓練を重ねているとニュースについても深く考えるようになるし、自分の意見も言えるようになりますよね。

ほかにもお金の管理に関する教育も行います。ボランティア活動もシティズンシップ・エデュケーションの授業に含まれていて、自分たちで計画を立てて実行するのですが、どうやって資金を調達するのかというところから計画するんです。

みんなでケーキを焼いてきて、放課後にそれを売ってお金をつくるとか。

――日本では、社会性や規範意識を身につける目的で道徳が設けられていますが、中身は全く違いますね。

道徳って「こうしなさい」とか「こうするべき」ということを一方的に教えるだけですよね。実際に生きるための力は身につかないと思います。

――今の日本の教育についてどう思いますか?

担当編集者に中学生のお子さんを持つ人がいるのでよく話を聞きますが、なかなかひどいですよね(笑)。

手を上げる角度まで決まっているとか、人とちょっとでも違うことをすると修正されるとか、些細なことまで先生が指示すると聞きました。

私も学校は嫌いでしたが、折に触れて恩師と呼べるような出会いがあったんです。そういう出会いが今の子どもたちにもあるといいのですが。

――日本でも教育格差は問題になっています。上位校にはいい先生がいていい教育が受けられるけれど、下位の学校ではそうはいかないということも、どんどん増えて来ています。

だんだんとイギリスのようになってきていますよね。イギリスではあからさまに私立と公立の差がある。政治の世界に行くならイートン校(ロンドンにある全寮制の男子校。数多くの首相を輩出)みたいな名門校を出ないといけないとかね。

真冬に子どもに着せるコートを買うお金もない親たち

――本の中には子どもの貧困にまつわる話も多く出てきました。

緊縮財政が始まったのは2010年。今、イギリスに住む子どもの3人にひとりは貧困と言われています。すごい数ですよね。

「これは大変なことになってきた」と実感したのは、2012年頃。学校や教会で、お金がなくてコートが買えない家庭に寄付するために着なくなったコートを集め始めたんです。

イギリスは真冬にコートを着せていないと「育児放棄」と言われるほど子どもの福祉には厳しい。親が子に関心がないのではなく、子どものコートを買うお金すらない家庭が増えてきたのがあの頃。

学校にかけるお金もどんどんカットされています。本にも書きましたが、息子の通う中学校では伝統的に新入生だけが出演するミュージカルを上演しています。新入生の団結力を高めるために毎年行われていたのですが、資金がなくなって翌年から中止になりました。

全体の予算が限られているなか、教材を買ったり施設を直したりと、ほかにお金をかけなければならないので。寄付もなかなか集まらなくなり、体育館を建てようという計画があったのに頓挫してしまいました。でも息子の学校はまだいいほう。老朽化した校舎が直せないという学校もあります。

――ミュージカルの中止のように、文化的側面にお金がかけられなくなることについて、息子さんは何と言っていますか?

息子くらいの世代だと、緊縮財政以降のイギリスしか知らないんです。だから、そういうものだと思っているのかも。トニー・ブレアの時代の学校が豊かでお金があったことも知らないんです。

でも、一部の教員たちは反緊縮を訴え続けています。未来を担う子どもたちをちゃんと育てないでどうするんだって。

今年、英国初等学校長会の代表による演説が新聞に載り、話題になりました。「今イギリスはブレグジットで揺れているのけれど、どんな結果が出てもその後始末をするのは今のティーンだ。それなのにティーンの世代にかけるお金を削るというのは、イギリスにとっては自殺行為ではないか」と彼は訴えました。

確かに今、政治はブレグジットの話題で持ちきり。緊縮財政や福祉の問題が後回しにされています。

経済的に貧しくなると、心まで貧しくなる

――子どもたちが貧困にあえいでいることについて、政府はどう考えているのでしょうか?

政治家は、ほぼエスタブリッシュメント層なんですよ。特に保守党は。子どもを名門パブリックスクールに通わせて、病気になれば私立の病院にかかる。だからNHS(National Health Service、国民保険サービスの意味で、処方薬などの一部を除き、医療費を負担せずに病院を受診できる)の病院がどうなろうが、公立学校の教員が足りずに教育の質が落ちようがパンクしようが、政治家には関係ないんですよ。

彼等には庶民の暮らしが分からないし、知ろうともしない。「フードバンクが増えているのは知っているけれど、なぜ人々がフードバンクに行っているのかが分からない」と発言して叩かれた政治家もいたくらい。

でも、すべての予算をカットすると国民の不満が溜まるというのは分かっているし、特に保守党は高齢の支持者も多いから、そこは手厚くする。

そうすると、それに対する不満のはけ口として、福祉を頼ってきたシングルマザーや失業者などの支援を積極的に削減し始めた。生活保護バッシングもありましたし、私が働いていた無職者や低所得層向けの無料託児所も地方自治体からの補助金が打ち切られて潰れました。

――国民にも、自分が苦労としているのに他人がラクしてみえるのは許せないという感情が生まれるのでしょうか。

経済的に貧しくなると心まで縮んでしまうというか……。得していると思う人を叩きたくなってしまうんだと思う。緊縮財政によって人々の心も小さくなった気がします。そういうムードは陰気です。

日本でも同じようなことが起きていますよね。この来日中に大学生が取材に来てくれたのですが、「日本には明るい未来がない」と言われました。少子高齢化は進むし、経済は下向きになっていく。年金を背負わなくてはならないし、国には借金もある。だから、「この先明るいことってあるんですかね」って。

それを聞いてとてもショックを受けました。二十歳くらいの時って、もっと楽しいことややりたいことに夢中になっていてもいいはず。でも、頭の中は就職のことばかりが占めていて、「どうやったら安泰な暮らしを得られるか」「どうやったら生き残れるか」ということばかり考えているそうです。

――お子さんとこういう会話をすることもあるんですか?

いやいや、まださすがに(笑)。でも、「緊縮って何?」という会話から、友人が息子にいいことを言っていたので、この本にも書いたんです。

「国っていうのは困ったときにときに集めた会費を使って助け合う互助会みたいなもの」と。その会費を集めている政府が会員である国民のためにお金を使わなくなるのが「緊縮」だというのが友人の説明だったんですけどね。

――「互助会」という表現は面白いですね。

友人は「ベネフィット ソサエティ」って言ったんですよ。生活保護など、国から支給されるお金をベネフィットといいますが、「ベネフィットを支給する社会って言いえて妙だな」と思って、家に帰って日本語でなんと表現するか調べたら、共済組合とか、互助会って出てきた(笑)。

でも、まさにその通りですよね。誰もがいつでも働けるわけじゃないし、病気になるかもしれない。そんなときみんなで貯めたお金で助け合う。互いに助け合う会が国家というのはとてもいい考え方。それが本来の国家のあるべき姿ではないでしょうか。

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<著者>
ブレイディみかこ
保育士・ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)など著書多数

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