オリジナルアニメーションの土壌に乏しい台湾で、 アニメ制作の経験がない実写映画の監督がスタジオまで立ち上げて完成させた本作は、 日本において、 一般観客のみならず、 アニメーション監督、 アニメーター、 評論家たちからも熱く支持されている。
12月20日(金)に『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の公開を控える片渕須直監督を始め、 小田部羊一氏(「アルプスの少女ハイジ」キャラクターデザイン、 作画監督)森田宏幸監督(『猫の恩返し』)、 漫画家のよしもとよしとも氏(『青い車』)等、 プロたちをも惹きつけてやまない『幸福路のチー』。 東京アニメアワードフェスティバルTAAF2018以降、 日本劇場公開を目指して活動をしてきた「拡福隊(かくふくたい)」には、 映画監督、 アニメーション評論家、 漫画家たちが名を連ねている。
その拡福隊の一員でもあるアニメ評論家の藤津亮太氏に、 良作の公開が続いた2019年の海外製アニメ―ションを象徴する存在としての『幸福路のチー』、 そして『この世界の片隅に』との以外な共通点についてお話を伺った。
アニメ評論家 藤津亮太より
アジアの片隅で生まれた映画がアニメーションの最前線をいっている
良作のアニメーション映画の劇場公開が続いた2019年。 海外製アニメーションのラストを飾ったのが、 台湾映画『幸福路のチー』だ。 藤津氏は「様々な海外製長編アニメーションが公開された2019年ですが、 『幸福路のチー』はそんな今年を象徴する1作といえます。 今、 世界では様々な長編アニメーションが制作されるようになっています。 そこでは「自分(自分たち)がどのような人間であるか」という探求が様々な形で描かれることが増えています」と語る。
主人公チーの青春時代は、 台湾で世界最長の戒厳令が解除され、 民主化へと向かう大きなうねりの中にある。 台湾現代史と少女の成長を重ねて描いた本作には、 歴史を描くというテーマについてアニメ―ションだからこそ出来ることがある。 「『幸福路のチー』はチーという1975年生まれの台湾の女性が主人公です。 映画は、 成長した彼女が幼少時を振り返る形で始まり、 彼女の人生の向こう側に台湾の生活や政治状況が浮かびあがってきます。 そこにはチーという個人だけではなく、 30代女性の戸惑いや、 故郷とアメリカの間で惑うアジア人の姿も見えてきます。 チーは、 チーであると同時に、 “私たち”でもありうるキャラクターなんです」
『この世界の片隅に』と並べて語られることが多い『幸福路のチー』。 その理由について藤津氏は、 「こういうチーの主人公像は、 例えば戦中戦後の呉を舞台にした『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の主人公すずとも通じるものがあります。 すずは呉に嫁いた少女という個人であると同時に、 戦時中を生きた私たちの祖父母世代のひとりです。 さらに、 家制度の中で自分をいかに確立すればいいかで悩む個人でもあります。
チーとすずが似ているのは、 アニメーションという表現手段の特性によるものです。 絵という抽象化を経ているからこそ、 「私である」と同時に「私たちでもある人物」を表現するのに適しているのです。 これが最初にお話した「自分(自分たち)がどのような人間であるか」を探るという今の長編アニメーションの潮流を後押ししています」と語る。
2019年は、 テレビアニメ、 劇場アニメ、 そして海外製アニメなど、 それぞれに秀でた作品が生まれた一年だった。 海外製アニメからは、 多様性と共感を感じられた。 「2019年は世界の様々な長編アニメーションが紹介されたことで、 日本の長編アニメーションもそうした世界のアニメーションの中の「ワン・オブ・ゼム」であることがはっきりした1年となりました。 そんな1年だったからこそ、 日本人と似て非なる台湾の人々を描いた『幸福路のチー』は、 とても大きな存在感を放っていると思います」
2019年12月 東京某所にて