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スーパーで買い物をしていた佐々木長子(仮名、裁判当時79歳)は、買い物カゴの中にある自分で入れた商品を見て
「お金を払いたくないな」
「もらっちゃおうかな」
「人がいないからいいかな」
と思ってしまいました。
彼女は買い物カゴの中のバナナ、インゲン、ゆで玉子2つをトートバッグ内に隠匿しました。そしてそのまま精算を済ませることなく店の外へ出てしまいました。
その犯行を店内警備にあたっていた私服警備員が目撃していました。
「犯人は自分が目の前にいるにもかかわらずカゴの中のバナナをトートバッグに入れていました。店外で声をかけて事務所に連れていくと『警察だけは勘弁してください』と言っていました」
被害金額は551円。この時、彼女は3000円以上の現金を持ち合わせていました。
「人がいないから」
と犯行を決意したけれど、目の前にいた私服警備員の存在にすら気づかないというあまりにもお粗末な犯行でした。
彼女が万引きで検挙されるのはこの時が初めてではありません。4回目の検挙です。
初めて万引きで捕まったのが77歳の時。それまでの人生で彼女は1度も警察の世話になることなく過ごしてきました。しかし初めての検挙から2年間で3回も万引きで捕まり、4回目でとうとう公開裁判にかけられることになってしまったのです。
情状証人として出廷したのは夫でした。
「脳梗塞の影響で左手と足が不自由」
という彼は杖をつきながら、傍目にはかなり危なっかしく見える足取りで法廷内へ入っていきました。
「今後、再犯を防ぐために買い物にはなるべく着いていきます。ゆっくりなら歩けますし毎日歩く努力はしてます。リハビリもかねて買い物には一緒に行きます」
証言台ではこのような再発防止策を話していましたが、かなり無理のある話に思えてしまいます。
「捕まるたびに『これで最後にしてくれ』と話はしてたんですが…」
2年前から急に万引きを繰り返すようになったことについては大きな戸惑いは感じていたようです。病院に行かせて医師の診断を仰いだ結果、下されたのは「軽い認知症の疑いがある」という診断でした。
本当に認知症かどうかはわかりませんが、彼に万引きを繰り返す妻の監督が出来るとはとても思えません。
なぜ彼女は万引きをしてしまうのでしょうか?
本人質問ではその点を検察官は何度も問いただして話させようとしましたが、彼女の口から出るのは
「店に行くとモヤモヤってなって…ポッてなっちゃうんですよね」
「なんだかわからなくなって、つい手が出ちゃうというか…」
などの曖昧な言葉ばかりです。
この裁判では弁護人も被告人自身もクレプトマニア(窃盗症)である、というような主張は一切していません。傍聴席から聞いているかぎりでは、「本当にわからないんじゃないのか?」という感想をいだきました。
裁判官が語りかける言葉が法廷に空しく響いていました。
「モヤモヤとか、そういう言葉で片付けているとまた繰り返しますよ? 留置場に一晩泊まって辛い思いをしたんですよね? そういう思いをしても繰り返しちゃう人ってたくさんいますからね。もう少しで刑務所に行かなくちゃいけなくなるってわかってますか? あなた自身がちゃんと考えないと。…大丈夫ですか?」
彼女はどこかの店に行けば再び万引きを繰り返してしまう気がします。それもすぐにバレるような稚拙なやり方で。適切な監督者もおらず犯行の具体的な原因すらわからない以上、再犯を防ぐすべが見当たらないのです。
判決は懲役1年、執行猶予3年というものでした。もし次に再び捕まればほぼ確実に実刑判決が下されることになります。
違法行為である以上、事情はどうあれ罰は必ず受けなければなりません。明確な犯意を抱いて犯行に及んだ彼女を「許すべきだ」などと言う気は全くありません。
しかし彼女に罰を与えたその先に何があるのでしょうか。その罰に意義があるとはどうしても思えません。(取材・文◎鈴木孔明)