性暴力根絶へ伊藤詩織さんが社会に投げた問い  

「私は汚れてもいないし、変わってもいない」

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田村文

共同通信記者

田村文

共同通信記者

1965年生まれ。89年共同通信社入社。大阪支社社会部、長野支局、名古屋支社編集部、社会部などを経て、97年12月から2018年6月まで文化部に在籍した。放送、演劇、女性、労働、教育などの担当を経た後、最も長く担当したのが文芸。現在は「47ニュース」で「新刊レビュー」を執筆中

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 ジャーナリストの伊藤詩織さんが問うたのは、日本社会そのものだった。

 なぜ性暴力の被害者の大半がなかなか訴え出ることができず、沈黙の涙を流し続けるのか。勇気を振り絞って告発した女性が、二次被害に苦しむのか。そして、なぜ加害者の多くが責任を問われることがないのか。(共同通信=田村文)

東京地裁を後にするタクシーの中で、「勝訴」の垂れ幕を掲げるジャーナリストの伊藤詩織さん

 元TBS記者の山口敬之氏による性暴力被害を訴えた民事訴訟で、伊藤さんが勝訴した。山口氏が名誉毀損などを理由に伊藤さんに巨額の賠償を求めた反訴は、退けられた。東京地裁は伊藤さんが記者会見や著書で被害を訴えたことについて「公表内容は真実」「性犯罪の被害者を取り巻く法的、社会的状況を改善しようとしたもので、公共性および公益目的がある」と判断した。

 ■客観的、構造的に捉える

 この事件について記した伊藤さんの著書『Black Box』が出版された2017年10月、私は伊藤さんにインタビューした。

伊藤詩織さんが2017年10月に出版した著書「Black Box」

 そのとき彼女は、なぜこんなことが起きたのか、客観的に冷静に振り返った。心に大きな傷を負っているにもかかわらず、自分自身をも突き放して、問題を捉えようとしていた。「この人は被害当事者であると同時に、優れたジャーナリストなんだ」。そう思った。だからこそ、数々の葛藤を乗り越えて、一冊の本を書き上げることができたのだ。平明な文体で書かれた著書からも、そのことがうかがわれた。

 くしくも判決の日、伊藤さんは「Yahoo!ニュース個人」のドキュメンタリー年間最優秀賞を受け、2年前の確信が証明された形になった。

 彼女がインタビューで語ったのは、性暴力に関わる社会や組織、個人の重層的かつ構造的な問題だった。

 被害のショックと混乱の中で最初に駆け込んだ産婦人科の病院では、何も聞いてくれなかった。「どうしましたか?」という一言があったら、その後の展開はまったく別のものになっていたのではないか。「緊急で」と言って避妊用のピルをもらっているのに、医師はレイプの可能性を考えていないし、レイプキット(証拠採取用の道具一式)もない。

 準強姦容疑で被害届を出す。男性捜査員が居並ぶ警察署内の道場で再現させられる。何度も「処女か」と聴かれる。「医療関係者や捜査機関の人への教育が急務です」

 加害者に甘い刑法、性暴力の問題に及び腰なメディア、被害者側の「落ち度」をあげつらい、中傷する人々…。

 背景には教育があり、文化がある。そして差別的な性意識がある。状況を変えるのは容易ではない。しかし、自分のように被害に遭って、つらい思いをする人はいなくなってほしい。だから、これを書いた―。

 判決が著書の公共性と公益目的を正面から認めたのは当然だと思った。

日本外国特派員協会で行われた山口敬之氏の記者会見に参加し、発言を聞く伊藤詩織さん=12月19日午後、東京都千代田区

 ■世間が求める“被害者像”を拒む

 『Black Box』は生い立ちから書き起こしている。理由を聞いた。

 「みんな、それを知りたいのではないかと考えました。私はドキュメンタリーを撮っているのですが、たぶんその取材でも同じことを知ろうとすると思うんです。この人はどういう人間で、どんな背景があって、ここにたどり着いたのか。だから成育歴はスキップできなかった」

 実名、顔出しで公表したのはなぜか。

 最初にテレビ局の取材を受けたのだという。打ち合わせもなくインタビューが始まる。カメラマンは自分の手しか撮っていない。声を変えられ、名前を伏せられ、手だけの映像が流れることが容易に想像できた。そのとき思った。

 「私は何も悪いことしていないのに、布をかぶせてもらわないと社会に出られないというのか。冗談じゃない。私は汚れてもいないし、変わってもいない。毎日泣いているわけじゃない。笑うことだってある!」

 このインタビューの約5カ月前、伊藤さんは地検の不起訴処分を不当として、最初の記者会見に臨んでいる。そのとき知人からリクルートスーツを着るようアドバイスされたが、そうしなかった。「世間が求める被害者」を演じることを拒んだのだ。それは、自分自身の尊厳を回復するための闘いだった。胸を張っていたかった。

 伊藤さんより前にそれを実行した人もいる。例えば、フォトジャーナリストの大藪順子さん。著書『STAND』には、米国でのレイプ被害から立ち上がった経緯がつづられている。大藪さんはその後、全米で性暴力被害のサバイバーたちの写真プロジェクトを展開した。

 2人には共通点が多い。ジャーナリストであること。横のつながりをつくっていったこと。国際的な視野を持っていること。そして性暴力のない社会への変革を強く希求していることだ。 

 ■優位な立場にある者による「就活セクハラ」

 しかし、被害者が立ち上がることを認めず、一定の被害者像の中に閉じ込めようとする人たちもいる。山口氏は判決当日の記者会見で「本当の性犯罪被害者」の言葉を紹介するとして、次のように語った。

判決後、記者会見する元TBS記者の山口敬之氏=12月18日午後、東京都千代田区

 「性被害に遭った方は、伊藤さんが本当のことを言っていない、例えばこういう記者会見の場で笑ったり、上を見たり、テレビに出演してあのような表情をすることは絶対ないと証言してくださった」

 被害の受け止め方や反応の仕方は、被害の態様や状況、被害者の個性に応じて、千差万別であるはずだ。順調な回復過程に見えても、フラッシュバックに苦しむこともある。被害者への偏見を固定化するようなことを公の場で言うのは、適切ではないと思う。

 山口氏は、泥酔した伊藤さんを自分が滞在しているホテルに連れて行ったこと、そしてそのホテルで性行為をしたことは認めている。伊藤さんは当時、ロイターの日本支社でインターンをしながら、就職やビザの相談をするために山口氏に会った。つまりこれは「就活セクハラ」でもあるのだ。就職希望者に対して、優位な立場にある者が、その力をちらつかせて酒席に臨んだ末に起きた出来事なのだから。

 TBSは判決後「元社員の在職中の事案であり、誠に遺憾です」とコメントした。であれば、なぜこんなことが起きたのか、社として調査・公表し、再発防止策を示すべきではないか。

 ■なぜ加害者が生まれるのか

 「加害者に甘い刑法」も見直さなくてはならない。

 伊藤さんの考察は2年前のインタビュー当時から「なぜ加害者が生まれるのか」ということにまで及んでいた。

判決後、記者会見するジャーナリストの伊藤詩織さん=12月18日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ

 「女性だけの問題ではないと思うんです。男性も被害に遭うし、男性が加えやすい暴力だから、男性の問題でもある。スウェーデンには、性暴力をストップさせることを男性たち自身で推進している団体があります。彼らは自分がどう育ってきたか振り返り『男の子だから泣いちゃだめ』とか『男の子だからこうしなさい』と言われてきたことで、助けを求められず、孤立していったと言っています。それが暴力につながっていると。私たちもどうしたらもっとオープンに話し合い、助け合えるかということを考えたい」

 判決後の記者会見でも、こうした姿勢は貫かれていた。

 性暴力の被害者には「自分の真実を信じてほしい。アクションはいつでも起こせる。まずは生き延びて」と語りかけた。そして、おそらく日本に住むすべての人に対しては、こう言った。

 「被害者が自分の被害を明かすことにはリスクがある。誰もが被害者にならない、加害者にならない、傍観者にならないように、社会全体でアクションを起こさなくてはならないと思う」

 伊藤さんからのボールは社会の側に投げられている。名前も顔も隠さずに被害を訴え出た勇気に学び、私たちもそれぞれの場所で動き出す時がきている。

性暴力被害を巡る訴訟の判決後、「勝訴」と書かれた紙を手に笑顔を見せる伊藤詩織さん=12月18日午前、東京地裁前