「動かないドル円相場」の先行きは? 2020年の為替市場見通し

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株式市場に先駆けて、為替市場では2020年相場が始まりました。ドル円相場は長らく値動きが乏しい状態が続いていますが、新しい年のマーケットはどうなるのでしょうか。

為替相場に詳しい、みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔さんに、今年のドル円相場の見通しや金融市場の新しいテーマについて話を聞きました。


「動かない相場」が常態化している理由

――2019年は年初1月3日の早朝に相場が瞬間的に急変動する「フラッシュクラッシュ」に見舞われ、波乱を予感させました。しかし結局、それ以降、大きな値動きがなく終わりました。

唐鎌さん:2019年のドル円の値幅は、わずか8円30銭。変動相場制が始まった1973年以降、最少の値幅だった前年の2018年の記録(9円99銭)を大きく更新する「動かない相場」となりました。

ドル円の値動きが乏しいのは、2015年から続いている傾向です。2016年だけは大きく動いていますが、英国のEU離脱(ブレグジット)を問う国民投票を通過した後は横ばいで、大きなトレンドは発生していません。2019年はこうした「動かない相場」が常態化していることを確認した年となったといえるでしょう。

――2019年初には「円高の1年になりそうだ」と予想されていましたね。

世界の主要13通貨の対ドル変化率を見ると、ほとんどの通貨がドルに対して安い状態が続いているのに対し、2018年と2019年の2年連続でドルに勝っていたのは円だけでした。為替市場でドルが非常に強い中で、円だけはドルよりさらに強い状態を保ってきたことになります。水準としてさほど円高・ドル安にはならなかったものの、今年がどちらかと言えば「円高の年」だったことは確かです。

ただ、為替レートの水準としていえば値動きは小さく、円高が進んだと実感できるほどの変動はありませんでした。円高ではあったけれど、ドルも高かったので、結果として大きな円高ドル安は進まなかったといえるでしょう。

――なぜドルはそんなにも強いのでしょうか。

2019年は米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)が3回にわたる利下げを実施しました。2018年10月に3.2%あった米国の長期金利は、2019年に1.4%と1年で半分以下にまで下がっており、教科書的にはドルが売られる展開になるはずです。

加えて、2019年は世界経済の減速が強く意識されたので、「リスクオフの円高」が進んでもおかしくない環境にありました。にも関わらず、ドル円相場はいずれの要因にも大きな反応を示しませんでした。

その理由は大きく分けて3つあると考えています。第1は、「リスクオフの円買い」の根拠とされていた、日本の対外純資産の構造が変わっていることです。

そもそもリスクが高まる状況で円が安全資産として買われやすいとされるのは、日本が世界で最も外貨建て資産(対外純資産)を持っている国だからです。リスクオフ局面で日本の機関投資家などが、たとえば米国債などを売って円に戻すという動きが、円高を引き起こす要因と考えられてきました。

しかし、対外純資産に占める割合で見た時、2000年代前半には50%以上を占めていた米国債などの証券投資が趨勢的に低下し、2013年ごろから直接投資の割合が上回るようになりました。そして、両者の差は年々拡大しています。

これは、日本企業による海外企業買収が増えていることの結果です。多くの人は日々の報道でこうした動きを感じてきたことかと思います。

米国債ならリスクオフ局面ですぐに売れますが、買収した企業はそう簡単に売れません。「売った円」が容易に戻せない構造変化が年々進んでおり、「有事の円買い」が起こりにくくなっているのだと私は思っています

円高が進まない第2の理由は、米国の金利が相対的に高い水準にあることです。FRBは2019年に3回にわたって利下げを実施し、FF金利はすでに1.75%まで下がりましたが、それでも先進国の中では最も高い水準です。たとえ利下げを進めても、相対的にみればドルはまだ高金利通貨であり、積極的に売る理由がないと思われます。

さきほど、この1年で米国の10年金利が半分以下の1.4%まで下がったと言いましたが、米国の10年金利が1.4%をつけた時、ドイツの10年金利は▲0.70%、日本の10年金利は▲0.30%まで下がっていました。これではドルの受け皿になりきれないということだったのだと思います。

そして第3の理由は、2019年の景気減速は欧州と中国の自動車産業の落ち込みに端を発するもので、震源地が米国ではないことです。市場が素直に景気の悪い国の通貨を売ろうとすれば、それはユーロと人民元です。実際にそうでした。

ユーロや人民元は、ドル相場にとって非常に大きな存在です。それだけ有力な通貨が売られれば、相対的にドル高圧力になってしまいます。

2020年の金融政策は現状維持か

――ドルが買われた一方で、それを大きく上回るような円買いもなかったというわけですね。

そもそも円の取扱高自体が細っているという事情があります。その背景には、日本銀行の金融政策をめぐるテーマ性の乏しさも影響しているかと思います。量的緩和をやり尽くし、マイナス金利政策の副作用が指指される日銀の「次の一手」については、もはや注目する余地がありません。

為替市場における円のプレゼンス低下は数字に現れています。国際決済銀行(BIS)が3年ごとに実施する外為調査が今年発表されました。世界の為替取扱高に占める円のシェアは、2016年調査に比べて2.4%ポイントも低下しました。前回調査からシェアが減少している主要通貨は円くらいです。

地域別に見ても、かつては英、米に続いて世界3位だった東京市場の為替取扱高は、今やシンガポールと香港の後塵を拝し、5位まで順位を落としています。円と東京マーケットの人気が凋落しており、売買高が細り、動意が出ず、動意が出ないから円を取引しようとするインセンティブも細るという悪循環に陥っている面もありそうです。

――この状況は2020年も続くのでしょうか。

2020年は米国大統領選が控えており、再選を狙うドナルド・トランプ大統領が財政拡張や減税を実施し、経済を下支えすると考えられます。米国景気はもう天井に達していますが、2020年のうちに大きく腰折れすることを容認するとも考えにくい状況でしょう。

大統領選挙の年に株価が調整を迫られるようなことは基本的に許容されないのだとすれば、FRBが再び利下げを強いられることもありそうです。

そもそも企業収益が悪化しているにもかかわらず、主要株価指数が史上最高値を更新し続けているのは、FRBが緩和を続けてくれるからというのが前提でしょう。2020年のFRBの金融政策は良くて現状維持、場合によっては1回の利下げはあるとみています。

しかし、今のFRBが示している金利見通し、いわゆる「ドットチャート」では、今後3年でほぼ政策金利を動かさない見通しになってしまっています。これが本当に実現すれば、3年連続で「動かない相場」の記録を更新する可能性も捨てきれません。政策金利であるFF金利が動かなければ、米金利も世界の金利も大きく動くきっかけが掴めません。

こうなってくると、ドル円相場を動かすような材料は、もう米中貿易戦争や米大統領選挙、そして2020年6月末に決断が迫られるブレグジットの行方ぐらいしかありません。結局は2020年もトランプ大統領の一挙手一投足を筆頭に、政治的な材料に振らされる相場が続くのではないでしょうか。レンジは1ドル101~111円程度を予想しています。

2020年は無風でも2021年は景色が変わる?

――2020年の金融政策に大きな動きはなさそうですね。そもそも2018年は利上げの年だったのに、2019年は一転して3度も利下げしたことには違和感を覚えます。

政策金利とは本来、失業率や物価など景気を示す指標に対応して調節するものですが、2019年の米国の雇用は堅調で、物価上昇率もそれほど低迷はしていませんでした。

FRBは2019年の利下げを「世界経済の下振れリスクにフォワードルッキングに(先を見越して)対応した予防的な利下げ」と説明していますが、結局は2018年末から2019年初頭の株価下落が発端になっているのは明らかです。トランプ大統領による利下げ圧力も無関係とは思えません。是非はともかくとして、政策金利は株価に大きく影響を受けているのが近年の傾向です。

周知の通り、株価のような市況は、失業率や物価のような基礎的経済指標よりも早く・大きく動きます。株価が崩れるたびに利下げを繰り返していたら、利下げカードは急速に失われ、本当に不況が訪れた時に打つ手がなくなってしまうということなりかねません。

過去の利下げ局面を振り返ってみましょう。今回の利下げ局面は2.50%という政策金利の水準からスタートしました。その前の利下げ局面である2007年8月では、5.25%からスタートしました。さらにその前の利下げ局面は6.50%からスタートしていました。

そして今は1.75%です。1回0.25ポイントの利下げと仮定した場合、あと3回利下げすると政策金利は1%、7回利下げするとゼロ金利です。FRBとてカードは着々と減ってきています。

警戒したいのは上方リスクより下方リスク

――いよいよ次の景気後退局面に入った時に、利下げできる余地がほとんどないことになりますね。

2020年に経済が大崩れする可能性はあまりなさそうですが、株価は年に1~2度ぐらいは崩れるものでしょう。その時にまた利下げするようなことがあれば、事態はより逼迫するです。

米国の景気拡張局面はすでに128ヵ月目に入っています。景気は循環するものであり、これまでの過去最長が120ヵ月であることを考えると、いつ失速してもおかしくありません。

現在の株式市場を見ても、企業収益の伸びは明らかに鈍化し、減益決算も目立っているのに、株価が伸びているのは、本源的価値以上の値が付いている状態、いわゆるバブルである疑いを持つのが自然に思えます。

このような状況で、大統領選挙を通過すれば、何が起こるでしょうか。今のような完全雇用状態は当然、永遠には続きません。およそ「働ける人の数」は決まっていますから、失業率が上昇したり、雇用者数が減少に転じる可能性は今後、十分考えられます。それをトリガーに、米国経済の景色が一変する可能性もあるでしょう。

これは悲観論をあおっているわけではなく、シンプルな景気循環の話です。本来なら2018年か2019年が景気の転換するタイミングだったのに、トランプ大統領の拡張財政で延命され、大統領選挙まで維持されようとしている状況です。

2020年いっぱいは米国景気が延命され、為替相場も安定して推移する可能性は高いといえますが、このメインシナリオが狂うとしたら、やはり上方リスクより下方リスクを警戒したいところです。

2021年を待たずに米国の経済指標が崩れ始め、これに応じて株価が調整、FRBが利下げを重ねるに伴って円高ドル安が進むという可能性も捨てきれるものではありません。ここから「米経済が加速する」というほうが不自然なのだと認識することが重要と考えます。

金融市場に浮上した新たなテーマ

――2020年は平和な相場が続いたとしても、油断せずに相場に向き合っていきたいですね。一方、欧州経済は2019年の時点で減速がみられましたが、2020年のユーロ相場はどうみていますか。

ユーロ圏の中央銀行であるECB(欧州中央銀行)は、現状で▲0.50%という非常に深いマイナス金利政策を採っています。この状況についてはさすがに副作用の強さを指摘する声も上がっており、ここからの下げ余地は限定的でしょう。

FRBの利下げに伴いユーロが対ドルでは若干強含みそうではありますが、いかんせんユーロ圏の金利水準は非常に低いですから、ほぼ拮抗しつつ、ややユーロ高というイメージが続くと思っています。

2019年11月に就任したばかりのクリスティーヌ・ラガルド新総裁の手腕も、注目されます。日本ではようやく徐々に報じられていますが、フランスの政治家出身である彼女は環境問題、とりわけ気候変動に関する論点を重視する姿勢を就任前からのぞかせています。

「中央銀行(金融政策)と環境問題」は新しいテーマです。いろいろな議論があって良いとは思いますが、私は選挙で選ばれたわけでもない中央銀行が、環境問題という政治的なテーマに尽力する必要も権利もないと思いますし、ついでに言えばその能力もないと考えています。

しかし、是非はともかくとして、環境問題は金融市場においても1つの大きなテーマとして浮上してきており、2020年も折に触れてこの論点と対峙することが多くなるでしょう。

また、2019年6月にフェイスブックが独自の暗号資産(仮想通貨)「リブラ」の構想を発表したことに対し、米当局に加えて欧州委員会やECBといったEUの当局からも大きな反発が起こっています。その流れの中で、デジタルユーロを検討する“うねり”もみえてきています。

リブラは既存の暗号資産と異なり、主要国の通貨や国債を裏付けとするため、普及すれば金融市場で無視できない規模のプレーヤーとなり、金融政策にも影響を与えかねないことが懸念されています。

私は当初からそのような懸念は過剰だと考える立場ですが(そこまで懸念されるものであれば、当局が承認するはずがないからです)、このリブラ計画に触発されて中銀デジタル通貨(CBDC)というフレーズが取りざたされるようになっていることは興味深いです。

たとえば、中国の中央銀行である中国人民銀行が計画する「デジタル人民元」は2020年中にも発行が予見される存在です。環境問題とCBDCは2020年の金融市場を展望するうえでの新しいテーマだと言って、差し支えないでしょう。