「投資の出口戦略」を考えるチャンス? 2020年の投資信託展望

主要な金融商品の2020年相場について専門家に聞く短期集中連載。最後となる4回目は、投資のプロに運用を任せる「投資信託」です。

2019年は「老後2,000万円問題」で、長期的な資金形成に対する関心が高まった年でした。老後準備に対する向き合い方や新しい年の投資信託のトレンドについて、楽天証券経済研究所・ファンドアナリストの篠田尚子さんに聞きました。


2019年はどんな商品が売れたのか

――2019年は、老後の夫婦が取り崩す金融資産の総額が2,000万円に達するという金融庁有識者会議の報告書を発端にした「老後2,000万円問題」が波紋を呼んだ1年でした。もともと老後の資産形成には投資信託を活用する人が多いですが、個人投資家の姿勢に変化はみられましたか。

篠田さん:「老後2,000万円問題」はこれまで投資や老後の準備に関心がなかった人たちからも、大きな反響を呼んだトピックでした。楽天証券ではiDeCo(個人型確定拠出年金)とつみたてNISA口座の新規開設が相次ぎましたし、おそらく他のネット証券も同様だと思います。

報告書の内容や解釈には議論はあるものの、これまで老後の資産形成が手つかずだった層の行動につながったことは良かったと思います。ネット証券はこうした小口の新規投資ニーズを獲得したものの、業界全体でみれば、解約が新規投資を上回り、投資信託の販売は低迷しました。

年前半のマーケットの値動きが低調だったことから、まとまった資金を持つ層の投資意欲が乏しく、こうした層が主に利用する対面型金融機関は販売に苦しんだようです。年末にかけては世界中のマーケットが上昇に転じましたが、それもかえって利益確定目的の売却が進む要因となってしまいました。

――積み立て投資向きの商品が売れて、スポット的な投資に向く商品の売れ行きが鈍かったということになりますか。

市場の値動きに連動するインデックスファンドと、複数の市場に分散投資できるバランスファンドの中でも低コストの人気商品は、つみたてNISAやiDeCoでの需要が安定しており、好調が続いています。

それ以外の商品の多くは販売に苦しみましたが、それでもヒット商品は生まれています。特に、市場の変動をダイレクトに受けないように設計された商品が支持されました。

たとえば、2018年10月設定の「グローバル3倍3分法ファンド」は、国内外の株式、不動産投資信託(REIT)、債券に分散投資しながら、投資額の3倍のレバレッジをかけて積極的な利益を狙う新しいタイプの投資信託です。価格変動が大きくなる可能性がある一方で、債券の割合を大きくすることで下落局面に強い点や、積み立て投資ニーズに訴求した点も支持されました。

また、価格変動リスクを抑えた「東京海上・円資産バランスファンド」や、下落局面でも利益を狙う絶対収益追求型の「ダブル・ブレイン」、レバレッジをかけて運用を行う「楽天・米国レバレッジバランス・ファンド」なども、分散投資を望む層に支持され、残高を伸ばしました。

また、世界の高配当利回りの公益株式に投資する「ピクテ・グローバル・インカム株式ファンド」は15年の歴史を持つファンドですが、定期的なキャッシュフローのニーズが強い層へ向けたマーケティングが奏功し、支持を集めました。

特に下落局面でのダメージを抑える商品はリタイア層を中心に一定のニーズがあり、2020年も引き続き人気を集めるとみています。

広がる販売手数料無料化の波

――2019年はネット証券が投資信託の販売手数料を無料化する動きがありました。

投資信託に限らず、信用取引の株式売買手数料や米国株の最低売買手数料など、ネット証券を中心に各種手数料を無料化する動きが加速した1年でした。投資信託でも、ネット証券を中心に投資信託やETF(上場投資信託)の販売手数料を無料化する動きが広がりました。この動きはネット銀行にも波及しており、ネット金融機関ではノーロード(販売手数料が無料)という概念そのものが、なくなろうとしています。

無料化の動きはあくまでも「非対面型」のネットチャネル中心です。対面でのアドバイスをしないネットでは販売手数料を取らない一方で、投資家の相談に応じる場合は有料、というシンプルな構図ができつつあるわけです。

投資家の間でも、アドバイスが欲しい人は対面型金融機関やアドバイザーを選び、不要な人はネット証券、という使い分けが進むと考えられます。対面型の金融機関は、手数料分だけの付加価値を求められることにはなりますが、差別化はしやすくなると思います。

「投資の出口戦略」に注目が集まる1年に

――楽天証券は年末に投資信託の定期売却サービスを発表したことが話題となりました。

当社をはじめ大手ネット証券の多くが2000年前後にビジネスを始めており、創業当時からのお客様は20年以上投資を続けています。その中にはリタイアを迎えている世代もいらっしゃるため、形成した資産をどのように活用していくかという「出口戦略」が求められるようになってきました。

保有する投資信託を“生活費”として取り崩したいという需要に対するサービスとしては、定額の定期売却サービスが存在していました。あらかじめ決めた額だけ毎月自動で解約して、現金化してくれるサービスです。

当社では、この「定額指定」に加え、「定率指定」と「期間指定」という選択肢を新たに設けました。

「定率指定」は保有する投資信託を、金額ではなく全体に対する「割合」を決めて取り崩すサービスです。資産の増減で受け取る金額は変わるので、受け取る額が一定しないというデメリットはありますが、相場低迷時には取り崩す額も減らせるので、資産を長持ちさせる効果があるとされています。

また、「期間指定」は一定期間を指定して、投資信託を等分して現金化するサービスです。1年であれば、その投資信託を12等分して毎月受け取ります。複数保有する商品を順番に解約していきたいといったニーズに対応しています。

――確かに、資産形成を始めるための情報やツールは年々充実してきましたが、その資産を使う際の方法論はあまり議論されてこなかった気がします。

投資の出口戦略は、金融機関にとっては収益源である預かり残高の減少を促しかねないサービスなので、積極的な取り組みが難しかった領域です。

これまでは毎月分配型の投資信託が取り崩しのニーズに応えてきましたが、世界的な低金利や、タコ足配当(利益ではなく、元本から分配すること)への風当たりが強くなっている今は、それも難しくなっています。対面型の金融機関であれば、担当者が「御用聞き」をして換金することも可能でしょうが、ネット証券にはこうした対応もできません。

その一方で、「人生100年時代」といわれるほど寿命は延びており、投資家も高齢化していきます。何十年と続くリタイア後の人生では、運用をやめるのではなく、なるべく長く続けながら必要な額を計画的に使っていくサービスの必要性が増しています。

金融機関にとっては、リタイア世代はもちろん、将来の安心を求める現役世代のニーズに応えるためにも、避けては通れない分野になってきているのです。

これまでは、高齢者が多額の金融資産を持ったまま亡くなるケースが多く、資産は使うよりも相続に回っていましたが、今後は投資家も金融機関も、形成した資産を使うことへの関心が高まっていくとみています。

2020年はこうした「投資の出口」に対応するサービスが、充実していく年になると思います。

2020年に求められる投資スタンスは?

――年末に公表された2020年度の税制改正大綱で、NISA(少額投資非課税制度)とiDeCo(個人型確定拠出年金)の制度変更が盛り込まれていますね。

2024年とまだ先の話ではありますが、一般NISAでこれまで通り個別株に投資するには積み立て投資をする必要があるという2階建ての制度になるようです。仕組みが複雑になり、敬遠されないか、心配しています。個人的にはつみたてNISAで12で割り切れる上限額への改正を期待していましたが、それが盛り込まれなかった点も残念です。

それでも、つみたてNISAはいつ始めても20年間の非課税メリットを享受できますし、iDeCoも、国民年金に加入する人が積み立てできる期間が60歳から65歳に延長されます。長期投資と相性の良いこれらの制度は今後もさらなる制度の改善に期待したいところです。

――2020年はどのような姿勢で投資していくのが良いでしょうか。

投資目的を明確にしたうえで商品を選び、戦略を立てることがより重要になってくると思っています。たとえば、老後の資産形成が目的であれば、短期的なマーケットの変動に一喜一憂することなく、淡々と積み立てを続けていくことが重要です。

一方で、資産を守りながら少しずつ取り崩していきたいリタイア世代であれば、定期売却のような新しいサービスも活用しながら、自分に合った出口戦略を判断していく必要があるでしょう。どのような形で取り崩していくかという選択に加え、どの商品から取り崩していくのか、資産形成期と同じ商品のままで運用を続けてよいのかという議論もあるでしょう。

守ることを重視したいなら、市場の変動をダイレクトに受けるインデックス投信から、前述した下落局面に強い商品に預け変えて、運用と取り崩しを続ける手もあります。投資の目的を再確認し、適した商品選びやサービス活用に役立てたいものです。

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