樋口新葉は、再び羽ばたく。苦難の2年、取り戻したトリプルアクセルへの自信

その瞬間、彼女は感情を弾けさせた。握りしめた拳を力強く振り下ろし、情熱的な笑顔があふれ出す。会心の出来だった。
復活を期して臨んだ全日本選手権で2位。だがこれはまだ、通過点にすぎない。
2年間の苦しみを乗り越え、取り戻した自信。樋口新葉は再び、世界へと羽ばたいていく――。

(文=沢田聡子、写真=Getty Images)

再び世界の大舞台に…… 樋口を奮い立たせた原動力

エンジンを搭載しているようなスピード感あふれるスケーティングと、そのスピードに乗って勢いよく跳ぶ高く大きなジャンプが樋口新葉の魅力だ。そして近年は、表現力においても目を見張るような成長ぶりを見せている。

ここ数シーズン樋口のプログラムを担当しているシェイ=リーン・ボーンの振付と樋口のダイナミックな表現は、個人的には世界でも指折りの魅力的な組み合わせだと感じる。やはりシェイ=リーン・ボーンが手がけた今季のショート『Bird Set Free』は、傷つきながらも立ち上がろうとする心の叫びを描くエモーショナルな曲だ。

全日本選手権・ショートプログラムで、樋口は3回転ルッツ―3回転トウループの着氷でステップアウトし、3回転フリップでもエッジエラーと判定されたものの大きなミスなく演技をまとめ、4位とまずまずの位置につけた。ミックスゾーンでは、苦しいところから羽ばたくストーリーを描くこのショートが自身に重なるところがあると話したシーズン前半の樋口の発言に触れた上で、「それになぞらえると、今の樋口さんはどれぐらい羽ばたけていますか」という質問があった。樋口はしばらく考えた後、次のように答えている。

「見えないぐらい飛んじゃっているんじゃないですか(笑)」

豪快なジャンプを取り戻した、樋口らしいコメントだった。

ショートを滑り終えた後、ミスをした連続ジャンプについても、樋口は前向きなコメントをしている。

「惜しかったなと思うんですけど、フリーでしっかり決められたらいいな、というふうに思いました」

連続ジャンプのミスの後も動揺せずに滑ることができたのも、練習の賜物だった。

「何度も何度も、一個失敗しても次につなげるという練習をしてきたので、あまり意識せずに、次に向けて自然に滑っていけたかなと思います」

今季では「一番動けていた」という樋口は、全日本に向けてしっかりと練習を積んできた。

「本当に死ぬほど練習してきたので、それが自然に出るんじゃないかなというふうにずっと思っていた。あまり緊張もせず、落ち着いていい演技ができたんじゃないかなと思います」

「本当に自信があった」というほどの練習を積めたのは、再び世界の大舞台に立ちたいという思いが原動力になっていたという。

「世界選手権に行きたいし、この全日本でまた表彰台に乗るというのが今シーズンの目標なので、うまく(ピークが)合うように、本当に今までよりも一番頑張れたんじゃないかなと思います」

全日本選手権で見せた、ミスを取り戻す強さ

樋口が初めてトリプルアクセルを成功させたのは約2年前だが、その後跳べない状態が続いていたという。しかし今季は練習で成功しており、樋口も大技を取り戻した手応えを語っている。

「言うのは恥ずかしいんですけど、この2年間で思っていたよりも(今は)すごく簡単に跳べるようになってしまって……締めたら回るなという感覚があるので、この感覚を忘れないようにしていくことが今後の目標です」

確率としては「毎日一本ずつは降りられるようになったかなという感じ」という。この全日本の前日練習でも、ショートがうまくいけばフリーでトリプルアクセルを投入する意志を示していた。4位発進となったショート後、フリーでトリプルアクセルに取り組む目安を問われた樋口は、「自信があったらやろうかなと思います」と答えている。

一昨季と昨季、樋口は全日本で2年続けて苦い経験をしている。樋口が全日本に初めて出場したのはジュニアのスケーターだった2014年だが、いきなり3位に入って表彰台に上がり、鮮烈な全日本デビューを果たした。翌年には1つ順位を上げて2位となり、シニアに上がった2016年も続けて銀メダルを獲得し、順調に成長を遂げながら平昌五輪シーズンを迎えている。

しかし五輪シーズンの樋口は、前半は好調さを保ちグランプリファイナルにも進出したものの、調子が落ち始めたタイミングで迎えた全日本では4位で表彰台に乗れず、2枠しかなかった五輪代表枠から漏れてしまう。五輪後の世界選手権での銀メダル獲得は樋口の能力の高さと挫折をバネにする強さを感じさせたものの、右足甲のけがに苦しんだ昨季の全日本では5位に終わっている。

そして、2019年全日本選手権のフリー。最終グループの第2滑走で登場した樋口は、『ポエタ』の曲に乗り演技を開始した。予定では冒頭にトリプルアクセルが予定されていたが、ダブルアクセルを跳んで綺麗に着氷。続いて、ショートでミスをし「フリーでしっかり決められたらいい」と語っていた3回転ルッツ―3回転トウループを加点がつく出来栄えで成功させる。一つひとつの要素を確実に決めていくが、後半に入って2つ目のジャンプである3回転フリップがステップアウトになり、予定していた2回転トウループ―2回転ループがつけられなくなった。しかし、ここで樋口は強さを見せる。最後のジャンプになる3回転ルッツの後に2回転トウループ―2回転ループをつけ、見事にリカバリーしたのだ。ジャンプの要素をすべて終えた後、フラメンコのリズムに乗って踏んでいく迫力のあるステップは、表現面での成長の集大成ともいえるような素晴らしいものだった。最後のポーズをとり終えてガッツポーズをした樋口に、力強さがあふれる。フリーだけの順位では2位と追い上げた樋口は総合でも2位となり、3年ぶりに全日本の表彰台に上ることになった。

トリプルアクセルの手応え 四大陸、世界選手権では……?

フリー後の囲みで、樋口を指導する岡島功治コーチは「表彰台は目標にしていましたので、2番はまさかですね」と話している。

「練習の中でも、最後まで滑れる練習ができた。今回はいけるかなという気持ちはありました」

グランプリシリーズではスケートアメリカ、フランス杯ともに6位に終わり、なかなか調子が上がらなかったシーズン序盤から後半にかけての取り組み方の変化については、次のように振り返った。

「プログラムを練習する中で、とにかく諦めずに最後までやり通すことを本人には勧めたし、やっぱり本人もそれをするには体を絞らなくちゃいけない」

昨季の全日本と較べても明らかに体が絞れている印象の樋口だが、岡島コーチは体重管理には「タッチしていないです」と言う。

「『やせなさいよ』と言われてもね、本人も嫌だろうし。自分で管理しないといけないことだし」

今年大学生になった樋口には、成長を感じているという。

「練習の中でも、だいぶ会話ができるようになりましたね。大人になったのかな」

トリプルアクセルについては「試合に入れられるような状態ではない」と言うものの、手応えもあるようだ。

「本人が意欲的に練習するようになってきたので、この先もう少し練習が必要ですけど、プログラムの中に入れられるようになれば、試合で入るかなと」

晴れ晴れとした顔でメダリスト会見に臨んだ樋口は、「ショートで少しミスがあったんですけど、それをフリーで直すことができたのがすごくよかった」と口にした。

「ここまで本当に2カ月間、自分でもすごく頑張っていたと思う。なので、練習の成果をしっかり試合で発揮することができて、いい試合になったなと思います」

「全日本の表彰台に戻ってきたことに関して、自分にどんな言葉をかけたいですか」と問われ、樋口はつらかった2年間を振り返った。

「2年間表彰台に乗れなくて、すごく悔しい思いをしてきて……世界選手権にも行けなかったし、けがもあったりして、すごくつらいことが続いた2年だったなとは思う。でもその2年があって、やっぱり今年は『どうしても頑張りたい』と思いながら練習をしてきた。シーズン初めから全日本に照準を合わせてきていたので、それでしっかり合わせられたということがすごく自信にもつながりましたし、本当にここからだとは思うんですけど、よく頑張ったなと思います」

そう言って、樋口は笑った。

四大陸選手権、世界選手権と続く後半の国際大会に向け、トリプルアクセルを試合で跳ぶことも目指していく。

「今回の試合でも、トリプルアクセルをフリーで入れるか入れないかは直前まで迷っていたんですけど、6分間で試合の練習をしてアクセルを跳ぶということがまだできていなかった。これからの大会で、四大陸と世界選手権に選んでいただいて、自分も跳びたいなというのがある。やっぱりトリプルアクセルは、確実に跳べるようにしていきたい」

世界の大舞台に戻ってくる樋口は、新たな武器となる大技を携えているかもしれない。

<了>

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